猫山猫之介の観察日記

猫なりに政治や社会について考えているんです。

JA全中は農業を犠牲にするなと言うけれど

 

 

EPAにおいて農業は製造業の犠牲になってきたのか? 

今月はじめ、日EU経済連携協定EPA)交渉が大筋合意に達した。交渉中、EUは特にチーズの関税削減を要求していたが、それに対してJA全中の奥野長衛会長は「工業製品を売り込むために農業が犠牲になるというパターンは、もうやめていだきたい」と述べたとされる(「再生産へ関税守れ」『日本農業新聞』2017年6月28日)。

 

日欧EPA大筋合意後の「日本農業新聞」の論説でも、日欧EPAを短兵急な「大筋合意だ。『米国第一』の保護主義に対抗するために自由貿易を進める中、一方的に農業分野が犠牲になりかねない」とある(「トランプ政権半年 保護か自由化かは不毛」『日本農業新聞』2017年7月20日)。保護か自由化かの二元論が不毛な対立という点は同意するが、日本農業新聞(とそこに出資している農協)の隠れた意図は、「国内産業の均衡ある発展を妨げず持続可能な地域経済の成長を担保する貿易政策の実現」、要するに安易に農産品の関税を引き下げるな、と主張することによって、農産品の関税削減に反対することにあるから、素直に彼らの主張に同意できない。

 

さらに言えば実態はその逆である。TPPを含めこれまで犠牲になってきたのは工業製品であり、それは農産品の関税撤廃を免れるための代償であった。TPPと日欧EPAは自由化率が95%を超える点で日本が締結したEPAの中では圧倒的に自由化率が高い。しかし、過去日本が締結してきたEPAの自由化率は90%に満たず、GATT協定24条が定めるFTAの基準(明確な基準はないが、通例協定発効後10年以内に90%以上)に達しているのは言えない質の低いEPAであった。

このような質の低いEPAになってしまったのは、農産品を関税撤廃の対象から外してきたからであり、その対価として相手側の工業製品の関税撤廃について日本は譲歩せざるを得なくなった。すなわち、JAや日本農業新聞が言う農業が一方的に犠牲になってきたというのは完全に誤りであり、事実は完全に真逆と言わざるを得ない。

 

バナナとリンゴ・みかんは一緒?

苦笑してしまうような一例を挙げよう。2006年に署名された日本とフィリピンのFTAでも農産物の関税削減は進まなかった。コメ、麦、乳製品、牛肉、粗糖、でんぷん、パイナップル缶詰は除外や再協議品目となり関税削減はされなかった。フィリピンの主力輸出品であるバナナについては、小さいバナナであるモンキーバナナの関税は10年かけて関税が撤廃されることになったが、通常のバナナはもともと夏季10%、冬季20%だったのが、10年かけてそれぞれ8%と18%に削減されるにとどまった。

 

なぜ日本でほとんど生産されないバナナの関税が撤廃されないのか、しかも冬季には18%という高関税が課せられるのかといえば、バナナが安くなると国内の他の果物が売れなくなる、特に冬季はりんごとミカンと競合するとされているからである。

バナナが果たしてりんごやミカンの代替品となるかはかなりギモンである。高関税を維持するためにこのようなナゾの方便が使われている。関税が残ればそれだけ消費者は損をする。ナゾの理由を持ち出してまで消費者の利益が損なわれる政策がまかり通っているのである(本間正義、下記書籍、122ページ)。

 

農業問題: TPP後、農政はこう変わる (ちくま新書)

農業問題: TPP後、農政はこう変わる (ちくま新書)

 

 

それでも農業の体質強化につながるならいいけれど 

消費者を置き去りにした政策も、それが日本の農業セクターの強化につながるなら、巡り巡ってわれわれの利益になるため受け入れることもできよう。しかし、実態はそうではない。

効率的で競争力のある農業を実現するには農地の集約・大規模化が有効とされている。しかし、農地の集約も大規模化も過去数十年進展しておらず、未だにほとんどの農家は小規模な零細農家である。

先日のブログでもふれたが、ガットウルグアイラウンド合意後に設けられた農業対策費6兆100億円の少なからぬ金額が温泉施設など農業強化にまったく貢献しないハコモノの建設費に消えた。関税削減をせずに消費者にコストを課したうえに税金を財源にした補助金を無駄なハコモノ事業に費やしてきたのである。

 

mtautumn.hatenadiary.com

 

貿易自由化によって競争が強まり、結果として廃業した農家もいたかもしれないが、温泉施設はそのような農家の助けにはならなかっただろう。

日欧EPAの国内対策としてJA全中は優良乳用牛の増頭や国産チーズ支援、牛豚の経営安定対策(マルキン)の早期拡充などの支援策を政府や自民党に要求するつもりのようだ(「全中 乳牛増、マルキン前倒し 日欧EPA対応方針」『日本農業新聞』2017年7月29日)。

全中は生産者の不安払拭と農業の体質強化のために万全の対策が必要という。しかし、6兆100億円かけたウルグアイラウンドの国内対策は農業の体質強化にほとんど寄与しなかった。果たして今回はどうだろうか?