猫山猫之介の観察日記

猫なりに政治や社会について考えているんです。

安倍政権の支持率急落によって農業改革と貿易自由化が鈍化する

 

安倍首相の支持率低下とJAが持つ政治的影響力との関係 

安倍政権の支持率が急落している。新聞紙によって数字の差はあれど急落傾向にあることに違いはない。理由は明白で、加計学園獣医学部新設をめぐる疑惑とそれに対する安倍首相の説明不足やその他の閣僚や議員の問題行動・発言が響いている。

 

支持率急落が今後の政治にどのような影響を与えるのか。特に農業と通商政策に的をしぼりたい。

一番大きな影響は、JAの政治的影響力の相対的な拡大である。日本では農業総産出額や農業人口の観点からは農業は衰退傾向にある。そのため、研究者の中には、こうした農業セクターの衰退に加えて、 小選挙区制の導入や有力な農業族議員の減少、首相のリーダーシップの強化といった政治制度的な変化を踏まえると、農業セクター、とりわけJAの政治的影響力が減少していると指摘する者もいる。

長期的に見ると、この趨勢は疑いないものの、現時点ではJAの影響力を無視できる段階には至っていない。議員を当選させるほどのパワーはなくなったとしても、小選挙区でしかも他の立候補者との支持率が拮抗している場合には、数パーセントの票の移動が当落に左右しかねないため、依然としてJAは議員を落選させるパワーは持っているといえるのである。

 

TPP反対は農協を衰退へと導く | キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)

 

それでも首相が、高い支持率という政治的資源を有していれば、たとえJAからの支持がなくても他の有権者からの投票を期待できるから、JAからの要求を突っぱねることも可能となる。農業問題ではないが、2005年に小泉純一郎首相が郵政解散に打って出れたのは、郵政票がなくなったとしても他の有権者からの支持が獲得できると見込めたからであり、首相の政治的資源が相対的に高ければ、特定セクターからの影響力に対抗できるのである。

 

しかし、反対に支持率が低いとそうはならない。他の有権者からの投票は期待できないから、少しでも投票してくれそうなところに依存せざるを得ない。しかも、そのセクターを構成する人数が少ないほど逆に団結はしやすくなる。もともと農業ではJAが全国的にネットワークを形成しており、TPP交渉時には、TPP反対のために1000万人以上の署名を集める政治的キャンペーンを実施したほどである(山下、同上)。

 

支持率低下が日欧EPA国内対策措置の議論に与える影響

日欧EPAによる影響緩和にための農業向けの国内対策措置が検討されている。EPAによって悪影響を被るセクターに対策のための補助を用意すること自体は許容できる話だ。EPAへの同意獲得のためのサイドペイメントという意味合いもある。しかし、それがどのような中身になり、どの程度の規模になるかは議論の余地のある問題だ。

 

対策検討の議論にも支持率低下は影響しよう。日欧EPAはJAの反対を押し切って進められた交渉である。それでも世論の支持という政治的資源があればJAの反対があっても突き進むことはできよう。その場合でも何らかの対策は検討されただろうが、明らかにムダなJAの延命策やハコモノ建設にしか使われないような陳情は突っぱねることが出来るはずだ。

しかし、支持率が低下して政権の持つ政治的資源が減少すると、農業票やJAの立場を代表する農林族の発言力が強くなる。政権としても安定した政権運営や次の選挙での勝利のためには彼らの協力が重要となり、農林族やJAへの依存度が高まるほど、彼らの政権に対する発言力が拡大する。かくして、政権は農林族やJAに強いことが言えなくなり、反対に彼らの要求は通りやすくなるから、日欧EPAで言えば、すでに大筋合意してしまっている以上、対策措置を大盤振る舞いするしか道は残されていない。

 

GATTウルグアイラウンド国内対策措置の教訓

GATTウルグアイラウンドに伴う農業向け国内対策の規模は6兆100億円にのぼった。ちなみになぜ6兆飛んで100億円という中途半端な金額になったかといえば、国内対策調整に奔走した中川昭一自民党農林部会長への汗かき代だったのであり、農林族は国民の税金をそんなしょうもない根拠で配分していたのである。

 

その財政規模(引用者注:ウルグアイラウンド国内対策費の規模)の問題が大詰めになったとき、山本(引用者注:富雄)は”6兆円まではメドがたった。しかし、なんとかして6兆円を突破させたい。野党で昭ちゃん(中川農林部会長)には苦労の掛けっ放しだったから、昭ちゃんの「糊代分」を上積みしてやりたいな”と内々口にしていた。だから、山本が6兆100億円で大蔵省と手を握ったという話を聞いたときには、その100億円がまさに”昭ちゃんへのご褒美”と思わざるを得なかったのである(吉田修『自民党農政史』412頁)

 

自民党農政史(1955~2009)―農林族の群像

自民党農政史(1955~2009)―農林族の群像

 

 

それでも6兆を超える税金が日本の農業力強化につながっていれば納得もできよう。ウルグアイラウンド国内対策は、①農業構造・農業経営強化、②農業生産強化、③農山村地域開発の3つの柱によって構成されていたが、特に③の柱の「地域特性を活かした農産物加工販売の推進等新たな起業展開等にゆおる多様な収入機会の創出、地域住民にとって暮らしやすく、都市住民にも開かれた農山村の形成、耕作放棄のおそれのある優良農地の保全を通じた国土・環境保全機能の維持回復」の名の下に、結局少なくない金額が温泉施設等の農業力強化には何にもつながらないハコモノ建設のために消えたのである。

 

ウルグアイラウンドと農業政策~過去の経験から学ぶ | 国際化に備える農業政策(-2013) | 東京財団

 

農業改革で言えば、政府の規制改革推進会議が卸売市場法の抜本見直し等を検討する意向で、産地が卸に出荷物を必ず引き取ってもらえる「受託拒否の禁止」規定の存続も議論の対象になる可能性があるとのことである(「規制会議が議論再開 市場法抜本見直し焦点」『日本農業新聞』2017年7月21日)。受託拒否の禁止があることで、青果物の予期しない方策時にも販路が保証される必要があるとして、規定の維持を求める声もあるそうだ。 

仮に規制改革推進会議が受託拒否禁止の見直しを提言しても、会議自体が最終的な政策決定権限を有するわけではなく、内閣がそれを実現する政治的意思がなければどうにもならない。受託拒否禁止を農業族等が強く反対した場合、支持率が低く農業族やJAからの支持に依存すればするほど、規制改革の実現は困難となるだろう。