猫山猫之介の観察日記

猫なりに政治や社会について考えているんです。

美女にアクセスしやすくなった、男も、女も

  

港区女子を特集したテレビ番組を見た 

5月3日にNHK総合で放送された「「図解デ理解 アイマイカイワイ」港区女子の生態を探ってみた」の「港区女子」特集を観た。

 

そして思ったのは、一見、現代の特権階級に見える「港区会」は、歴史的に見れば、美女の大衆化(美女をものにできる男性の増加と美人な日本人女性の増加)によって成立したマーケットなんじゃないかってこと。

 

www4.nhk.or.jp

 

番組の紹介はこちら。

 

最先端のトレンドが発信され、高所得者が集まるキラキラとした街、東京都港区。この地に生息し、ここ数年、雑誌やSNSでよく目にする謎の人種「港区女子」。いったいどんな人たちなのか…住んでいる場所は?活動内容は?目的は?どんな服を着ているの?相手の男たちはどんな人?いつまで続けるの?番組では自称他称問わず港区女子だという人物に会いまくり、“図解で理解”を試みる。

 

出演者は、千葉雄大さん,宇垣美里さん,長井短さん,燃え殻さん。明確に港区女子をダメとは言わないが、みな、男は年収と職業、女は美貌と若さでランク付けされるカースト社会にネガティブな反応だったと思う。未確認だが、きっとネット民たちも港区女子ディスりで盛り上がっていたことだろう。ディスる直接の対象は港区女子でも、港区女子を囲う男子共への妬み・蔑みもたぶんに含まれていたに違いない。需要があるから港区女子が供給されるのだから。

 

で、番組に登場するとある女性が図解した「港区女子の格差ピラミッドと、出会える男性像」がこちら。

 

“港区女子カースト”と、出会える男性像

出所:港区女子の生態図 - 図解デ理解 アイマイカイワイ - NHK

 

  • SSはモデル、レースクイーンやアイドル。
  • Sは読者モデル、ミスコン優勝者。Aはクラスで一番かわいい子。
  • Bはかわいくてのりがいい大学生やOL。
  • Cは普通の大学生とOLだと言う。

年収2000万円でもCクラスとは恐ろしい世界である。年収1000万円以上の会社員・サラリーマンが1%に満たないことを考えれば、ハイスペに超が付いても足りないくらいスペックの高い男性でなければ港区女子を相手することはできないのだ。

 

男性も美女へのアクセスがしやすくなった

とはいえ、である。Cクラス女子とはいえ、年収700万円以上あれば港区女子とパーティーを楽しむことも、(おそらく)その後のXXXを楽しむこともできるし、反対に女性からすればルックスというスペックがあれば高収入男子をものするチャンスが開かれているともいえる。資格要件はそれなりに厳しいが、これほど男性が美女を、美女がハイスペ男子をゲットできる門戸が開かれた時代は他にはないのではないか、とも思うのだ。

 

なぜ、そう思うのか。

それは、私(男性)もCクラスではあるが、港区会に参加するスペックを満たしているからであり、がんばれば港区女子をゲットできるチャンスがあるからである。Cクラスだと東京カレンダー的にイメージされる港区女子よりは格落ちかもしれないが、一般的な基準からいえば十分きれいな人もいるだろうし、がんばれば男性としてBクラスに「昇格」し、より港区女子らしい女子とお相手できるチャンスは十分に開かれているだろう。

 

私はサラリーマンである。大企業ではあるが、サラリーマンであり、社会階級的には平民である。平民が美女にアクセスできる時代はかつてあっただろうか。私は歴史学者ではないので完全な印象論だが、江戸時代であれば美女は将軍か殿様か、そういったごくごく限りある人しか手に入れることのできない「希少品」であったと思う。よほどの豪商であればともかく、人口の大多数を占める平民が美女をゲットできる確率は相当低かったのではないかと想像する。美女はお偉方に献上されるのである。

 

お偉方の乱痴気騒ぎは大昔からあったであろう。端っことはいえ、その乱痴気騒ぎの一角に平民が参加できるようになったのだ。

 

私の父はサラリーマン、母は専業主婦。父の所得はサラリーマンとしては高かったが、子供が多かったため生活水準は典型的な中流家庭であった。すなわち毎日母の手料理を食べ、飢えることはないが、さりとて毎晩豪勢な食事を食べるわけでもない、典型的な中流家庭。日本の中流層は先細りつつあると思うが、私のようなアラフォー世代であれば、こういった世帯で育った人は多いはずである。

 

で、私も港区会参加最低資格の年収700万円を超えている。階級はサラリーマンだが、年収・職業資格は満たした。居住地は港区以外の23区、職場は港区なので、なんちゃって港区男子ではある。ただ、あいにく身近に港区会へのコネクションをもっている人間がおらず、六本木ヒルズを視界に収める場所で働きながらも、会に参加しないまま結婚し、子供が生まれた。

 

年収700万円以上の会社員も人口比からすれば少ないが、私も会社員らしく、会社から交通費をもらい、定期券で地下鉄に乗って出社し、クライアントからのメールに適当に返信し、ランチが1000円以上だと顔を蒼くし、 無駄な会議に顔を出し、それなりの疲労とともに退社して、帰りの地下鉄で席が空いていると喜ぶ、ごくごく普通のサラリーマンである。

 

程度の差こそあれどこにでもいるサラリーマンだ。

Cクラスという末席とはいえ、そんな私にも港区会への門戸は開かれているのである。モデルやレースクイーンとはいかないまでも、男女関係をけっこうエンジョイできるかもしれないフィールドへのアクセスが開かれているのである。

 

私のような痛勤電車に乗るサラリーマンにもかつてお偉方しか味わえなかったであろう乱痴気騒ぎの一角に参加できるのである。平民とはいえ、身分制が存在しないからこそ、享受できるチャンスなのだ。

 

まわりくどい言い方になったが、私のような平民でも美女へのアクセス機会が増えたのである。

 

美人な女性が増えれば美貌を利用したいと思う女性だって増えるはず

女性にとっても、美女という「特権」を生かしやすい社会になったのではないか。そもそも日本の女性はとても美しくなった。どこに住んでいるかにもよるだろうが、東京に住んでいるとハッとするような美女に出会うことはそれほど珍しくない。化粧(+整形)技術の向上もあるだろうが、単純に綺麗な女性は増えたと思う。スタイルのいい女性も増えた。顔は整形で変えられても、スタイルはそうはいかない。栄養状態がよくなかったかなのか、日本人女性はとても美しくなった。美女が増えたのだ、日本では。

 

となれば、美女たちが美女であることの特権を生かしたくなるのは当然ではないか。男女平等、セクハラなどで性差に言及するのはかつてなく危険な社会になったが、他方で女性の性はとてつもなく「商品化」されている。ソシャゲやアニメ、漫画は女性の性を強調した描写が多いし、女性とて「女子高生」、「セーラー服」、「女子大生」、「メイド」といった女性的アイコンがある種のブランドになっていることは教えてもらわずとも体感して成長してくることだろう。日本での女子高生の商品としての価値はすさまじい。女性であること、それも美女であればあるほど商品価値が高いことを体感しながら成長する女性にとって、自身の商品価値を利用することの罪悪感は100年前の女性に比べて圧倒的に小さいはずだ。

 

ただ、美女である特権を利用できる場は限られている。かつてであれば大奥がそれだ。大奥に入るのは簡単ではない。基本的に一定階級以上の家柄の女子でなければならないし、美しいだけではダメ。かなりの教養の習得は必要なのだ。いかに大奥が今日的な観点からは女の園でも、そもそも人数的なキャパシティの上限はあったはず。無尽蔵に誰でも入れるわけではない。大奥へのアクセスはかなり制限されていた。

 

現在であれば、アナウンサーや女優、アイドルなどが美貌を生かしてのし上がるルートだろうが、それとて誰でもなれるわけではない。売れないリスクも大きい。

 

大奥や芸能界には行けない、されで美貌を生かしたい女性がいる。他方で、身分制がなくなって王侯貴族でなくても社会の階級を登った男たちがいる。男たちはのし上がった報酬(トロフィー・ガール)が欲しい。でも、誰もが名家の女性やアナウンサーや芸能人をものにできるわけではない。そもそも人数に限りがあるのだから。それでものし上がったのだから、綺麗な女をものにしたい(一発やりたい)。

 

時代の変化によって美女をものにするチャンスを得た男性(需要サイド)と数を増やし美貌を生かしたい女性(供給サイド)により港区会というマーケットが成立したのだろう。

 

今日から見れば特権階級に見える港区会だが、長い歴史から見れば、平民男子でも美女にアクセスできるようになり、女性側でも美女の大衆化(増加)により誕生したマーケットなんじゃないかと思うのである。

 

おしまい。 

 

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