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参議院選挙を前に参議院不要論を考える—ハイパーアカウンタビリティを避けるために—

トピック「選挙」について

 

10日が参議院選挙の投票日なわけだが、日本って選挙が多すぎはしないかって最近思う。

 

2000年以降で見ると、16年のうち12回選挙が実施されているので、1.3年に1回、衆議院選挙か参議院選挙が実施されている勘定だ。

 

2000年6月(衆議院、解散)

2001年7月(参議院

2003年11月(衆議院、解散)

2004年7月(参議院

2005年9月(衆議院、解散)

2007年7月(参議院

2009年8月(衆議院、解散)

2010年7月(参議院

2012年12月(衆議院、解散)

2013年7月(参議院

2014年12月(衆議院、解散)

2016年7月(参議院

 

これに加えて、都知事選挙統一地方選挙、再選挙や補欠選挙もある。

しかも、衆議院議員の任期は4年なので、本来であれば4年に1回選挙をすれば済むはずが、2000年以降は任期満了による総選挙は1回もなく、Wikipediaで調べてみたら任期満了による総選挙は三木内閣のもとで行われた第34回総選挙だけらしい。

2014年の総選挙は消費税増税を2017年4月に先送りすると言って、衆議院を解散して総選挙をして、そして結局再度消費税増税を延期ってわけなので、1回の総選挙で数百億円の費用を要することを考えると、あれは本当に不要の選挙だったのだろうと思う。

 

選挙自体は悪くない。国民の意思を伝える貴重な機会なのだから。

 

しかし、それもあまりに多いと弊害もあるんじゃない??特に政治家が世論に迎合しちゃうという(もしくは一般市民をバカにして大衆ウケするような政策ばかりを公約に掲げる)。

 

この問題をナイブレイドの論文(ベンジャミン・ナイブレイド(松田なつ訳)「首相の権力強化と短命政権」樋渡展洋・斉藤淳『政党政治の混迷と政権交代東京大学出版会、2011年)をもとに考えてみた。

 

ナイブレイドは「ハイパーアカウンタビリティ」という概念を提示する。ハイパーアカウンタビリティとは、日本の首相が有権者やマスメディアから過剰に世論の評価を問われる現象を意味する。

 

第2次安倍政権は4年弱存続しているが、2000年以降、小泉政権を除けば首相はコロコロ変わった。この首相交代のめまぐるしさは、日本を含む先進民主主義国ではとても珍しい。

 

もちろん他国でも戦争直後などでは頻繁に政権交代が発生することはあるが、国が安定してしばらく経過してから、1年や2年程度で行政府のリーダーが頻繁に交代するのはとても珍しいのである。そして、ナイブレイドは2000年以降の日本で政権交代が頻繁に発生した原因を首相のハイパーアカウンタビリティに求めている。

 

小泉政権以降の第一次安倍政権から野田政権までの短命政権の特徴は、発足直後の支持率はけっこう高いのに、それがあっという間に急降下する点だ。

 

NHK放送文化研究所の「政治意識月例調査」によると、第一次安倍政権時の内閣支持率は、発足直後の2006年10月は65%(不支持は18%)だったが、2007年2月には41%(不支持は43%)まで20ポイント以上下落。続く福田政権の発足直後の2007年10月の内閣支持率は58%(不支持は27%)だったのが、2008年3月には38%(不支持は48%)まで急落した。麻生政権はもっとひどい。

 

民主党政権を見ても、鳩山政権は発足直後の2009年10月には70%の内閣支持率(不支持は18%)だったのに、2010年5月にはわずか21%(不支持は68%)となり、半年強で支持率と不支持率が逆転した。菅政権や野田政権もほぼほぼ同じ道をたどった。

 

発足直後の支持率が高いのはハネムーン期みたいなものでありそうなことだ。しかし、支持率の低下は通常もっと緩やかに起こるもので、数ヶ月のうちに数十ポイント下落するのは珍しく、終戦直後を除けば、戦後40年間は日本もそこまで急激な支持率低下はなく政権交代もさほど頻繁だったわけでもない。

 

ナイブレイドは、首相ポストが不安定になった要因を次にようにまとめる。

 

議席変動と有権者の不満が高まった近年において、頻繁な首相交代は首相ポストの重要性と影響力が増大したこと、選挙での政党名の重要性が高まったことによって生じたものであり、(政治的リーダーシップを強化させる目的で実施された小選挙区比例代表並立制等の;引用者注)改革の意図とは逆の結果をもたらしている 

(中略)

政権政党の多くの陣笠議員の再選が首相の人気と政党のパフォーマンスに対する有権者の評価によって左右されるようになり、不人気な首相を新しい首相、そして新たなハネムーン期(就任直後の高支持率)に取り替えようとするインセンティブが強まるのである。

(ベンジャミン・ナイブレイド(松田なつ訳)「首相の権力強化と短命政権」樋渡展洋・斉藤淳『政党政治の混迷と政権交代東京大学出版会、2011年、248頁)

 

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小選挙区制や比例代表制は、日本でそれ以前に導入されていた中選挙区制よりも投票決定の際に政党名が重視されるため、再選を気にする国会議員にとって首相の人気はとても重要になる。

 

しかも小泉政権で首相や政治家の言動がワイドショー等のテレビ番組でも大きく取り上げられるようになって、有権者がテレビ(やインターネットやSNS)をもとに投票行動を決定するようになると、首相にますます注目が集まるようになった。有権者が首相の報道を目にする機会が増えるほど、判断を改める機会が増えるので、内閣支持率も変動しやすくなる。

 

さらに最近は特定の支持政党を持たない私のような無党派層が増えている。支持政党を決めている有権者はテレビやインターネットの情報で支持政党をコロコロ変えることは少ない。しかし無党派層という浮動票はそのときどきの情勢で投票先を変えるため、2005年の郵政選挙や2009年の民主党への政権交代をもたらした選挙など、選挙によって大きな変動が発生する。

 

最近のわれわれ有権者、特に無党派層のリーダーに求める期待は、リーダーシップ、変革、トップダウン(みたいに見える)の改革である。ナイブレイドいわく、「改革が進まなければ、有権者は『この首相は前の首相と同じ』と考えを改め、支持から不支持へと態度を変えるのである」。

 

有権者へのアカウンタビリティを向上させる点は民主主義では肯定的に捉えられるわけだが、ナイブレイドは21世紀の日本に見られるようなハイパーアカウンタビリティという行きすぎたアカウンタビリティは、かえって首相のリーダーシップを損ねていると分析する。

 

すなわち、首相への期待とハイパーアカウンタビリティが高まることで、首相の不支持率が一気に高まるリスクが増え、それによって首相の地位は脆弱化し、結果として首相は人気の維持を最優先に行動しはじめる。

 

そのため、長期的には国全体にといってプラスにはなるけど、短期的にはわれわれ国民に痛みを強いるような政策(消費税の増税)などは、たとえ必要であっても首相の人気向上にはつながらないので、忌避される危険性が高まる。

 

1990年代の選挙改革などは首相のリーダーシップを強化して官僚依存や既得権益を打破してトップダウンで改革を進めるのが目的だった。しかし、首相の動静が注目されればされるほど、それが内閣支持率に直結するため、必要であっても不人気な政策を避けるインセンティブが発生するのである。

 

本来、政権交代に直結すべき選挙は衆議院総選挙だけのはずだが、橋本龍太郎参議院選挙の責任をとって総辞職するなど、参議院選挙はもちろん、都知事選や統一地方選挙、再選挙や補欠選挙も政権の信任投票の様相を呈することがあり、選挙の数が多ければ多いほど首相の人気が問われる機会が増える。首相の人気が重要になる機会が増えるほど、首相の人気のバロメーターである世論の不人気を買う政策を選択することは難しくなるというわけだ。

 

選挙の数が多すぎて首相が世論を気にして本来すべき政策を実施できないのであれば、選挙の数を減らすのも一手だろう。そしてその減らされるべき選挙は参議院選挙であるべきではないか。

 

参議院は「良識の府」と呼ばれることがある。参議院議員の任期は6年で解散もないため、誠実な議論をして政府を監視し、政府に誤りがあれば、それを是正する役割が期待されているためである。

 

二院が存在し、議論をする場が多くなれば、それだけ議論の質と結果として政策の質が高まるというのは論理的にはあり得る話である。

 

ただし、二院制を支持するには論理的な正しさだけではなく、経験的な正しさ、すなわち実際に参議院良識の府として機能してきたかを検証しなければならない。

 

私は参議院良識の府であることを経験的に正しいと証明できる事例を知らない。むしろ、ねじれ国会のもと政局の府として単なる政争の場になった記憶しかない。論理的な正しさと経験的な正しさの2つがともなって初めて参議院の存在意義が証明されるはずであって、もしその証明がなされないのであれば、参議院を廃止するのもありなんじゃないだろうか。

 

当然参議院議員は反対するだろう。であれば、参議院の定数である242議席をそのまま衆議院に上乗せして、議席数717の一院制にしてしまえばいいのだ。ハイパーアカウンタビリティの回避のための参議院廃止は議員歳費削減が目的ではなく、首相や政治家を過剰に世論に迎合させないためである。将来的には717人も議員は不要だから、定数を削減してもいいが、まずは選挙の回数を減らす目的に限定してほしい。

 

今回の参議院選挙を前に安倍首相は消費税増税を先送りした。参議院選挙がなければ恐らく消費税増税は予定どおり実施されただろう。

 

日々の暮らしに直結するから正直消費税は増税されないほうが嬉しい。でも、国の財政は火の車なわけで、将来一気にそのツケが噴出するのを待つよりは、ちょっとずつでも負担を増やしてラディカルなショックを避けるほうがまだマシだ。

 

世論は政治に反映されなければならない。でも、その機会があまりに多すぎて政治家が世論に迎合ばかりしている政治もそれはそれで困るのだ。

 

参議院不要論は、衆議院の「カーボンコピー」化を根拠にすることが多いが、過剰なアカウンタビリティを避けて、首相や政治家を世論迎合的にさせないためにあえて参議院選挙を前に参議院不要論を考えてもいいのかもしれない。

 

もっとも、参議院不要論を言っておいてアレですが、参議院が存在するかぎり選挙には行くつもりです。

 

今日はこのへんで。