政治猫

猫が政治と戯れています

たとえ話の誤謬と認識の政治

ベンサム功利主義、特に最大多数の最大幸福という概念はほぼ全ての哲学の教科書に載っている。

そして、しばしば彼の功利主義を説明(批判)する際に次のようなたとえ話がなされる。

 

すなわち、一人の生贄を犠牲にすることで、他の多くの人々が救われるのであれば、あなたはそれに賛同するか、と。もしくは、ボートが漂流し、一人を殺してその人肉を食べると他の乗員全てが救われるのであれば、その殺人は許されるのか、と。

 

このたとえ話を聞かされればたいていの人が倫理的な葛藤に悩みつつ、このような冷たい判断を要求する最大多数の最大幸福という考えに否定的な印象を持つ。

 

では、次のようなたとえ話ならどうだろうか?

 

大資産家の財産を処分して、それを人々に広く配分する(大資産家は正当なビジネスで一財産をなしたとする)。

 

大資産家の例も最大多数の最大幸福の例である。

 

アンケートをとって確かめたわけではないが、このたとえ話なら最大多数の最大幸福という考えに賛同する人が増えるのではないだろうか?

 

米国の大統領選挙で、富者への課税強化を掲げる社会主義バーニー・サンダース氏が善戦していることを見るに、思わずそう考えてしまう。

善戦としているとはいえ、彼が民主党の指名を得ることがほぼないといえるが、彼の社会主義思想を広めることには成功し、少なからずヒラリー・クリントン氏の選挙公約にも影響を与えているように思われる。

 

数の上では富裕者<非富裕者であり、その意味で彼の主張は最大多数の最大幸福的である。

 

人肉や殺人の例だと冷たい印象を与える最大多数の最大幸福の話が、大資産家の話だと途端に社会保障的な印象となる。

 

生贄のたとえ話とともに最大多数の最大幸福論にあなたは賛成ですかって言われたら多くの人は反対するけれど、最大多数の最大幸福という名前を出さずに、大資産家の資産を非富裕層に配分するというアイデアとともにあなたはこの案に賛成しますかって言われたら、多くの人は賛同するだろう。

 

生贄のたとえのときは美しい少女の写真を、大資産家のたとえのときは肥え太った脂ぎった中年男性の写真を見せれば、大資産家の資産配分案への賛同者はさらに増える違いない。

 

もともと最大多数の最大幸福論を提示したベンサムとて生贄の話のような極端な事例を想定していたわけではないだろう。むしろ、少数の貴族によって多数の被支配者が抑圧されていることに対する異議なのであって、その意味で功利主義者という印象とは裏腹にベンサムとサンダースのほうが話が合うのかもしれない。

 

この例は理論を正しく説明するのが難しいという問題と同時に政治が認識やイメージによって左右されることを示している。

 

環境保護自由貿易をめぐる政治を考えてみよう。

 

環境保護を訴えたい政治的起業家(リーダー)がいるとする。環境保護を利益の観点からPRすることは難しい。というのは、漠然と環境が悪化すると困るとは思うかもしれないが、環境保護のために利便性が失われるのであれば、個人的な利得という観点からは環境保護への支持は得にくい。

 

人々の利益関心に訴えるのが難しいとすれば、その政治的起業家はどうするか?

 

答えはイメージに訴える、である。伐採される森林や崩れ落ちる氷河、大気汚染や水質汚濁によって傷つく動植物の映像を流せば、人々の直感に訴え、環境保護への支持も得やすくなる。

 

他方、イメージ化が難しければたとえ全体の利益になる政策であっても世論の支持を得られない。

 

自由貿易政策(WTOTPPを含む自由貿易協定(FTA)を通じた貿易の自由化)はまさにそれであろう。実際に自由貿易による恩恵を計算することは難しいが、ここは教科書通り自由貿易によって国全体の厚生は増加すると仮定しよう。

 

TPPをめぐる日米での議論を見るように、自由貿易政策は必ずしも世論の支持を得られるとは限らない。いくつか原因はあるだろうが、イメージ化が難しいことがその一因であるように思われる。

 

TPPの利益をイメージ化するとどうなるか?需要曲線と供給曲線をひいたグラフや数式がすぐに思いつくが、そのグラフをもって人々の直感に訴えることができるだろうか、と問われれば、それはかなり難しいような気がするのである(少なくともわたしは算数や数学が苦手だったこともありむしろ拒否反応さえ起きてしまう)。

 

他方、自由貿易によって農家が苦しむと言われたらどうなるだろうか。優しそうなおじいさんやおばあさんの顔とともに、この人たちが苦しむことになるんです、と言われたらどうだろうか。自由貿易で利益を得るのは大企業であり、大企業は環境規制や労働規制が甘い途上国で公害や児童労働を引き起こすと言われたらどうだろうか(それももくもくと煙をあげる工場ややせ細った子どもの映像とともに言われたら)。

 

これは自由貿易支持派には不利である。

 

いかにして人々の直感に働きかけるか。それが政策の不支持を分ける大きなメルクマールなのである。

 

いかがでしょう?

 

 

参考文献