通商問題の政治学

通商問題がどのように発生し、そしてどのように合意が成立するのか掘り下げてみたくていろいろ考えてみることにしました

大筋合意が近づく日EUEPA、消費者の利益と農業の利益のバランスをどうとるか?

 

大詰めを迎える日EU・EPA交渉 

新聞等で報じられているが、日EU・EPA経済連携協定)の大筋合意が近づいている。日本、EUともに7月での大幅合意を目指しているとされる。

 

依然として関税等をめぐって調整が必要な点は残っている。日本は農業、特に乳製品(チーズ等)、EU側は自動車が特に保護したい品目だ。

 

日本政府は畜産経営安定法を改正して、農協系以外にも乳製品流通を認めることを目指していたが、これに農業団体や野党が反発していて、これにさらに彼らが反対しているチーズの関税引き下げを認めるとなると、さらなる反発を招くのは必至であった。しかし、畜産経営安定法の改正にも目処が立ち、EPAの交渉が進めやすくなった。

 

他方、EU側としても英国の離脱交渉を控え、交渉のための人員をそちらち割きたいという希望があった。両者の思惑が一致したため、交渉進展の見通しが立ったのである。とはいえ、まだ詰めるべき論点は残っているため、これで大筋合意とならなければ、EUは英国離脱交渉に注力しなければならないから、交渉の進展に暗雲が立ち込める。

 

乳製品の関税引き下げが争点  

日本農業新聞も同EPA交渉の動向を報じているが、欧州の乳製品について、以下の記述がある。

 

政府内には環太平洋連携協定(TPP)水準の譲歩を容認する見方が支配的だが、生産現場には、消費者の評価が高くブランド力がある欧州産農産物への警戒感は強い。乳製品などで欧州側はチーズをはじめTPPを超える市場開放を要求しており、仮に、欧州側に日豪EPAやTPPなど既存の協定内容を超える譲歩をすれば、それら協定の見直しが避けられず影響が拡大する恐れが大きい。慎重な検討が求められる。

 

確かに日本ではヨーロッパの農畜産品や食品はとても人気だ。私も例に漏れず好きである。それゆえ、日本の農業セクターが脅威を感じるのは当然と言えば当然といえる。

 

しかし、他方で日本農業新聞がしっかりと認めるように、それは多くの消費者が買いたいと思う商品であり、そのため関税が削減されれば多くの消費者が恩恵を受けられることを意味する。安全性等が問題なら検疫等の措置が必要であるが、EUはHACCPや農業生産工程管理(GAP)といった認証取得を積極的に進めており、むしろ検疫や食品安全の水準という点では日本と同等か上回っているともいえる。

 

ちょっと余談、、、農産品の国際認証 

ちなみに東京オリンピックで選手村に野菜などを供給する場合、GAPなどの第三者認証取得が必須である。しかし、日本農家のGAP認証取得率は1%を下回る。このままではせっかく日本の素晴らしい農産品を世界にアピールする絶好の機会にもかかわらず、日本産の農産品は選手村で使用してもらえないという悲しい話になるからだ。

 

www.j-cast.com

 

自民党農林部会長の小泉進次郎氏がGAP等の国際認証取得を強く訴えるのは、オリンピック等の競技大会において日本の農産品を世界にアピールすることと、FTA等を利用した輸出拡大を果たすために絶対に必要だからである。

 

www.jacom.or.jp

 

さて、日EU・EPAに話を戻せば、関税削減が多くの消費者にとって利益になることが自明にもかかわらず、それでも高関税によって農畜産業を海外からの競争から保護するのであれば、それだけの正当化根拠が必要なはずだ。

 

関税以外の農業保護を目指せばいい

これは先日のブログにも書いたが、農業の保護をやめろ、という意味ではない。農業の保護、特に農家の所得保障については直接固定支払いや不足払い、農業保険といった他の手段によっても確保できる。それらの保護手段であれば、消費者は関税削減によって安価になった欧州産の製品を楽しめるし、農家の所得保障も可能になる。

 

mtautumn.hatenadiary.com

 

 そもそも日本の農畜産品のクオリティは非常に高い。そう易々と欧州産農畜産品との競争に負けるとは思えないし、むしろヨーロッパ市場に打って出ることさえ可能であろう。実際、自民党の日EU等経済協定対策本部の本部長に就任した西川公也農林・食料戦略調査会長が言うように、輸出攻勢のチャンスともいえるのだ(もっとも、そのためには上述のとおり国際認証を取得するための努力が必要ではあるが)

 

一方、西川氏は、欧州が輸入規制している豚肉を念頭に、「制度上、輸出できない仕組みになっていたが、そこをクリアすれば(国産品は)十分、競争力があると思う」と述べ、輸出解禁にも取り組む考えを示した。

 

消費者の利益と農業の利益のバランスをどこに求めるかはなかなかの難題であるが、消費者の利益が大きいことを農業界の利益を代弁する日本農業新聞でさえ認める今回の場合、関税引き下げは受け入れて、他の手段による農業保護にシフトするいいチャンスだと思う。

 

しかし、TPP交渉を進める理由の一つが、TPP交渉を進展させることでEUの焦りを呼んで、日EU・EPA交渉を有利に進めさせるというものであったが、その肝心なTPPが米国の退場によって、TPP11の可能性が残るとはいえ、当初の想定から大きく後退した。今ではむしろ、日EU・EPAによって米国とのFTA交渉を有利に進めることを目指すというのは、何とも言えない皮肉である。保護主義の嵐が世界で吹き荒れる中でのメガFTAの成立は、自由貿易を守る防波堤になり得るだろうか?

農業の産業としての特殊性と多面的機能

農業がなぜ保護されるに値するのか。

 

その根拠が農業の産業としての特殊性と多面的効果である。古い本だが、基本的な主張は今日でも概ね変わっていないので、豊田隆の本をもとにそれぞれについてまとめたい。

 

農業政策 (国際公共政策叢書)

農業政策 (国際公共政策叢書)

 

 

農業の産業としての特殊性と多面的機能

まず、農業の産業としての特殊性である。特殊性とはすなわち、天気や季節を相手にしなければならないこと、製造業に比べて分業にもとづく協業が困難であること、土地への依存度が高い産業であること、家族経営が圧倒的多数であること、農業に必要なスキルが他の産業に応用しにくいことなどがあり、そのため製造業やサービス産業のように市場メカニズムを単純に当てはめられないとする(pp.4-7)

 

もう一方の農業の多面的機能は、農業は単に農作物を生産する以上の役割を果たしているとするもので、たとえば、自然環境の保護、治水・利水への貢献、景観保全、食料安全保障、伝統文化の保全、観光資源などの役割を有するとの主張である(pp.7-8)。こうした多面的機能を果たすからこそ、手厚い保護が正当化されるのである。

 

農業が特殊な産業であることや農業が果たすこれらの役割を否定するものは少ない。農業政策改革や農産物の貿易自由化を支持する人たちも農業のこうした役割は認めているし、農業に何らかの保護が必要なことも認めている。

 

農業保護の論点 

問題はそれらの農業の特殊性や役割を認めた上で、どのような政策がその目的に資するか、そもそも現在の政策がその目的や日本の農業の発展に貢献しているかは議論のしどころである。

 

たとえば、減反や高関税が日本の農業の発展に寄与してきたのか?減反はコメ生産を制限して供給量を減らし、それによってコメ価格を高水準に維持させる政策だ。減反によって農家は農産物を生産するという本来の仕事ができないし、消費者は安価なコメを買えず、それはわれわれがコメに接する機会へ減らしうるし、経済状態が悪ければ、そもそもコメを買うことさえ難しくなる。高いコメはひいてはコメ離れを加速させる。

 

日本における農政と持続可能な発展 | キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)

 

野放図にコメが生産されると、コメの供給過多となり、コメ価格が下落し、農家の所得が減少する危険性はもちろんある。その懸念に対しては、不足払い制度や直接固定支払い制度、または/および作物保険の保険料への補助の導入によって農家の所得低下に備えればよい。

 

農業の発展を支える政策の選択肢は一つではない。農業の特殊性と多面的機能を考慮することと今の政策を無批判に支持することはイコールではない。様々な選択肢を検討して農業の発展と消費者の利益拡大(国民の経済厚生の最大化)を両立できる政策は絶えず模索するべきだが、少なくとも減反は高関税保護よりは、不足払いは直接固定支払い、作物保険保険料補助のほうが、今の政策よりは農家と消費者の利益拡大のウィンウィンの選択肢であると考える。

 

農業政策改革や貿易自由化を支持するからといって農業保護が悪いと言っているのではない。要は保護する方法の当否である。

G7サミットが終わって〜国際秩序の費用負担〜

 
G7サミット閉幕

トランプ大統領の言動が注目されたイタリア・タオルミナG7サミットが閉幕した。自由貿易を擁護する共同声明が発表できるか注目されたが、この点については「保護主義と闘う」という文言を盛り込めたから、自由貿易擁護派の最終防衛線の死守にはひとまず成功したと言えるだろう。

他方、「不公正な貿易慣行に断固たる立場をとる」というトランプ大統領の主張もあわせて盛り込まれ、自由貿易とは別の懸案事項であった気候変動については、米国の反対によりパリ協定支持を共同声明に盛り込むことに合意できなかった。


トランプ大統領はサミット終了後、ツイッターで、真に公平な条件(truly level playing field)の促進のため、貿易歪曲的(trade-distorting)慣行の除去を求めるという合意ができて、素晴らしい会議だったと述べているが、実際、サミットの共同声明を読むと、トランプ大統領の主張のほうが保護主義と闘うというくだりよりもかなりスペースが割かれているようにも見える。

www.g7italy.it


保護主義と闘うというくだりは言ってみれば一文に過ぎないが、貿易歪曲的慣行の除去については一段落が割かれている。貿易歪曲的慣行の次のパラグラフのルールに基づく国際貿易制度の重要性を認識するというくだりをどう読むかにもよるが(WTOルールに従うとすれば、トランプ大統領が主張するような報復関税に対する報復関税はルール違反であってできないことになる)、共同声明の合意のために腐心した形跡が見て取れる。

 

国際秩序維持のための非対称的な費用負担にアメリカはもう耐えられない

トランプ大統領が言うことは事実としては間違ってない部分がある。というのも、第二次大戦後の国際秩序の維持のためにアメリカは他国よりも多めの費用負担をしてきたからだ。これは他の国が戦争によって疲弊し、他方でアメリカはほぼ自国本土の被害を受けなかったから、そもそも多めの費用負担が出来たという面もあるが、それだけではなく、アメリカによる国際秩序の「統治」と、それへの他国の支持を獲得するために、アメリカが他国よりも費用負担をして、被治国にもアメリカが主導する国際秩序に利益を感じてもらい、国際秩序への支持を獲得するという制度維持構造という側面があった。

今では第二次大戦後のようにアメリカと他国とのあいだの力の格差は相対的に縮まったし、台頭する中国はいずれアメリカを経済的に追い越すことが確実視されている。こんな状況では非対称的な費用負担をしたくないというアメリカの気持ちもむべなるかな、という気もする。

その意味でアメリカは「普通の国」になりつつあるといえるが、これまでの国際秩序がアメリカの非対称的な費用負担によって安定してきたとすれば、国際秩序保護者としての役割をアメリカがやめるのは重大な現状変更になる。そして、アメリカの退場によって最も利益を得るのは既存秩序に何かとケチをつける中国やロシアであり、それは日本やヨーロッパにとって大きな損失を意味する。

 

仮にトランプショックを乗り切ったとしても、いずれ米中の差が縮まって逆転されるタイミングは確実に訪れるわけで、中国が民主主義や人権、市場経済を重んじる国に転換するという幸運が訪れない限り、アメリカ中心で運営されてきた国際秩序をどう運営するかという問題に世界は必ず直面する。米国が単独で負担できない以上は日本を含む他国も今以上に国際秩序維持にコミットしなければならなくなる。アメリカが非対称的な費用負担を続ける限り、トランプ以外にも公平な費用負担を求めるリーダーは現れるし、それを支持する世論も強くなるであろう。

 

自由貿易体制を含む既存の国際秩序にアメリカがメリットを感じにくくなっている。第二次大戦後はアメリカ主導の国際秩序に他国がメリットを感じられるように非対称的な費用負担までして秩序安定にアメリカは腐心した。しかし、今では当のアメリカがメリットを感じていない。今度は秩序の被治者が厭世的になっている治者にいかにしてリーダーにありつづけてもらうかに腐心しなければならない時代になっている。

外圧の効果〜日本は彼の国の属国か?〜

 

 

日本は彼の国の属国?

日本は彼の国(米国)の属国だ、というのはシン・ゴジラでのセリフだが、新聞報道、ネットを問わず、日本は米国の傀儡という見方はあちこちで見ることができる。属国と呼ぶか傀儡と呼ぶかは別にして、特に米国相手では日本はイニシアチブをもてないというのは衆目一致するところである。

 

TPPもそうだ。中野や浜田といったTPP反対派は同協定を彼の国の陰謀と言った。昨年の米国大統領選挙によって、米国内でもTPPをめぐって賛否が割れていたことが明らかとなり、日本への陰謀どころか米国内のアンチTPP派さえ説得に失敗したというのが実情で、日本のアンチTPP 派の陰謀説がなんら根拠ないデマだったことが図らずも明確となったわけだが、陰謀説がそれなりの納得感をもって受け入れられたのは、そもそも日本は米国の傀儡だ、と考える土壌が日本にあったからだといえる。

 

TPP亡国論 (集英社新書)

TPP亡国論 (集英社新書)

 

 

恐るべきTPPの正体  アメリカの陰謀を暴く

恐るべきTPPの正体 アメリカの陰謀を暴く

 

 

Schoppaの"Two-level games and bargaing outcomes"をもとに 

では、アカデミックな世界では外圧がどのように分析されているか、SchoppaのTwo-Level Games and Bargaining Outcomesを一例として取り上げたい。

 

www.cambridge.org

 

著者は、1990年代の日米の構造調整協議(SII)をめぐる5つの論点をめぐる交渉、すなわち、①マクロ経済、貯蓄•投資バランス、②流通業界、③排他的ビジネス慣行、④系列について、前者の二つについては日本が米国の要求を受け入れたが、残りは日本のわずかな譲歩しか引き出せないか、ほとんど米国の要求は受け入れられなかったと評価する。

 

著者はいずれも米国にとっては重要な論点で、譲歩のなかった2つについて圧力を弱めたわけではないとする。となると、外圧があっても譲歩するケースと、譲歩しないケースがあることになり、それを分ける要因は何か?ということが問題となるわけだ。

 

まず、ポイントとしては、日米交渉の前から、それらの論点が当時の日本国内で問題視されていたこと、各論点に関わるアクターは限られていたこと(管轄省庁、業界団体、族議員)があり、それらの問題を米国が交渉に取り上げることで、それぞれの論点が一部の人だけが関わる国内問題ではなく、米国との関係を犠牲にして現状を維持するか、対米関係を重視するかという問題へと問題の質の変化が起きたとする(p.374)

 

外交交渉を通じて、国内のエリート内およびメディアや世論の中で相手国からの要求が自国にとってもプラスになると理解されるようになり、反対派も場合によっては「しょうがない」(p.381)として交渉結果を受け入れる。

 

The articles has highlighted twoo synergistic strategies that were used with varying degrees of success by the Americans during the course of the SII negotiations. The first, which I called participation expansion, involved an effort by the United States to broaden both elite and general public involvement in decision making in targeting shperes in hopes of increasing the influcence of interests sympathetic to American demand.

[...]

The SII cases reveal that, by drawing media attention to issues usually dealt with in relative seclusion, foreign pressure can expand participation to include the general public. In several of the cases, the fact that the United States had decided to target specific issues gave the Japanese media (which happend to be sympathatic to some of the American demands) an excuse to publicize and amplify U.S. arguments, thus giving expression to unorganized but widely felt interests of the Japanese general public. (p.384)

 

たとえば、財政問題については、米国から今後10年間の公共投資額の数値目標の明確化が要求された。財務省(当時は大蔵省)は渋ったが、公共投資拡大派の他省庁や議員が交渉に関わることで、財務省単独で問題をさばくことができなくなったし、仮に財務省だけが抵抗して日米合意に失敗すれば、その責任は財務省に帰せられる。

 

公共投資の予算を決めるのは財務省だが、本問題が外交交渉のテーブルに乗ることで、他省庁も関与できるようになり、公共投資拡大派としては「米国を利用すること」(Nothing other than to use the Americans)が有効な手段とされたのである(p.377)。

 

Schoppaの議論では、確かに米国の外圧は日本の政策決定に大きな影響を与えたのだが、外圧が機能するには、日本国内でそもそもそのテーマが日本国内で議論の対象となっていること、そして、日本国内での同調者を獲得しないとならないことが示されている。反対に日本側から見れば、外圧を利用したいと考えている人たちがいるということになる

 

ここから見えてくるのは、外交交渉では、外圧によって一方的に従わせるということはほとんど発生せず、影響を受ける国の国内政治も大きな役割を果たし、国内政治情勢によっては外圧が全く機能しないことがあるということだ。

 

実際、TPPにしても、TPPを契機に日本の農業改革に期待する人たちもいた。TPPには米国からの影響力もあったのは間違いないが、他方で日本国内にも、様々な理由からTPPに期待する人たちがいたのである。陰謀説はキャッチーで単純でおもしろいが、通商を含む現実の外交交渉は、相手国との折衝と国内の政治力学が絡み合う複雑なプロセスなのである。

 

「TPPが日本農業を強くする」(著者:山下 一仁)| 出版物 |キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)

 

真っ当な非主流派から本格的な非主流派への流れ

 

マクロン氏の勝利、しかし次はルペン氏か? 

周知のとおり、フランスの大統領選挙ではマクロン氏が勝利した。極右のルペン候補が当選しなくてホッとしたといったところだろう。

 

これで(マクロン氏が途中で辞めない限り)大統領の任期である次の5年はひとまず持ちこたえられる見通しが立ったわけだが、しかし、次回の大統領選挙ではルペン氏が当選するんじゃないかと私は危惧している。

 

というのも、真っ当な非主流派から本格的な非主流派に転換したアメリカと同じ道を辿るような予感がしているからだ。

 

真っ当な非主流派オバマ大統領 

トランプ大統領と民主党候補者選びでヒラリー氏と争ったサンダース氏のインパクトが強いから、今回初めてアメリカで非主流派の大統領が選ばれた印象が強いが、なかなかどうしてオバマ氏も初の黒人大統領であり、国レベルでの政治経験が乏しかったという意味ではそれなりに非主流派の人物であったと思うのだ。

 

あのときも民主党候補者選びではヒラリー氏が圧倒的に優勢と見られていた。しかし、選挙に当選したのは若くて当時はヒラリーに比べて知名度も経験も劣るオバマ氏なわけで、当時は80年代後半から続くブッシュ家とクリントン家による主流派の「王朝支配」を米国民が嫌ったのだ、と分析されたのである。

 

つまり、オバマ氏も反主流派の流れで大統領になったといえるのだ。当時、トランプ氏が共和党候補なら選挙で勝てなかったではないだろうか。そもそもトランプ氏のような常識外れの候補者がいなかったこともあるが、多くの人はこれまでと違うことをやりたい場合、一気にラディカルに変えるというよりも、今までとは違うが、とはいえそれなりに穏当な選択肢を選ぶだろう。

 

そうして選ばれたのがオバマ氏だったのだと思う。実際、彼は「チェンジ」(Change we can believe in)を旗印にしていたわけで。

 

本当に彼の政治運営がダメだったのかはわからない。オバマケアだって、日本人の感覚からすれば真っ当な政策のようにも思えるし、確かに大統領令を積極に使うことで議会との協調を疎かにした面はあろう。しかし、議会との協調を上手くやるかなんて、有権者は考慮するのだろうか。

 

と、オバマ氏に対する評価はいろいろあり得ようが、今ではオバマ氏を非主流派だと思う人はおらず、彼の支持率も低迷した。結果、穏当な非主流派を選んでも満足できず、さらに民主党の候補者がゴリゴリの主流派なもんだから、となると、通常のクスリに満足できなかった人がトランプ氏という劇薬を求めたようなものではないだろうか。

 

真っ当な非主流派に失望したら。。。 

大概の場合、主流派が自由貿易を支持し、保護貿易を頑迷な政策と批判する。それは理論的には正しいのだろうが、人がその主張に説得されるかどうかは、発言の正しさではなく、発言者の魅力に依存することも多い。とすれば、嫌われ者の主流派が自由貿易を支持すればするほど、自由貿易への支持が低下するというもので、自由貿易を支持する穏健な非主流派に失望したとき、人々が保護貿易を支持する劇薬に手を出す可能性が高くなるだろう。

 

しかし、どんな天才であっても経済成長を達成しつつ、手厚い社会保障を提供し、失業率も改善させ、人の移動を支持しつつ、テロや治安を不安を解消するのは至難の技だ。ムリゲーと言ってもよい。

 

とすると、マクロン氏がみなの期待を満たすのはほぼ不可能なのであり、既存の政治に辟易し、だから穏健な非主流派を選んだのに、それでも上手くいかないのだとすれば、次はルペン氏の登場となるのだろう。決して楽しい未来ではないが。

TPP11の貿易転換効果で米国を多国間FTAに引き戻す

 

 

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TPP11への転換 

経済規模の観点からはTPPは事実上の日米FTAであった。そのためトランプ政権がTPPから離脱したことは日本にとって大いにガッカリさせられる展開であったわけである。日本は米国抜きでも残る加盟国でTPPを進めるか逡巡したが、その日本も米国を除く11カ国によるTPP、すなわちTPP11を進める方向に舵を切った(「『好機狙ったTPP11』」『日本経済新聞』2017年4月23日(朝刊))。

 

これが可能になった背景には、米国が日本の方針を黙認したことと、日本からしても日米二国間FTA交渉を進めることとTPP11の交渉を進めることがトレードオフの関係ではなく、両立しうる政策であるからに他ならない。

 

日本がTPP11に期待するのは、これが持つ貿易転換効果によって米国がTPPに戻ってくる可能性があること、そして戻ってこないにせよ、米国との二国間交渉を有利に進められると考えているからである。

 

貿易転換効果 

貿易転換効果とは、FTAによる関税・非関税障壁撤廃・削減により、当事国間の貿易が活発になる一方、本来効率性や価格面で有利な国からの貿易が減少することを指す。もともとそこに輸出していた第三国にとっては輸出の減少であり、市場の喪失となる。貿易転換効果はFTAによる非効率性増大を指す用語であるが、効率性云々は別に、FTAによって貿易の相手先が変わることとして使われることも多く、ここでもその意味で使用する。

  

FTAを締結した国同士では関税が撤廃されるため、相手国から輸入される商品の価格が安くなる。関税だけでなく、非関税障壁も撤廃されたなら両国間の貿易はさらに活発になると考えられる。TPP11であれば、オーストラリアやニュージーランドが農業大国であり、米国の競争相手となる。日本とオーストラリアはすでに二国間FTAを締結しているが、TPPのほうがより有利な条件であるため、オーストラリアとしてもTPP11はメリットがあるだろう。

 

貿易転換効果 → 米国の競争力低下 → 議会への圧力 → 議会から政権への圧力  

TPP11によって、日本との貿易でオーストラリアとニュージーランドが有利になって、米国からの輸出が減れば、米国内の農業団体が、地元の議員にTPPに参加せよ、とか日本とのFTA締結を急げと圧力をかけ、ひいては議会からトランプ政権への圧力となることが想定される。

 

仮にTPP11に米国が参加しないにしても、日本との交渉妥結を急ごうとすれば、自国の要求を貫徹させようとばかりすればいつまでも交渉妥結に至らないため、米国側が譲歩する可能性が出てくる。

 

アメリカファーストを掲げ、貿易赤字の削減を至上命題とするトランプ政権とすれば、日本の関税・非関税障壁を温存するようなものや、反対に米国の関税や非関税障壁を削減・撤廃するような協定には納得しにくいだろうし、議会の圧力に易々と屈するタマでもない。とはいえ、先の大統領選挙でトランプ大統領の票田となった米国中西部は農業州でもあり、実際、トランプ氏に投票した農家は少なくなかった。

そのため、自身の支持者からの圧力ともなればトランプ大統領としても無下にはできないかもしれない。折しも農産物価格は下落傾向にあり、米国農家の所得は低下しつつある。米国農家が輸出に活路を見出したいと考えれば、トランプ大統領に海外市場への進出拡大支援を求めることもあろう。

 

米国の農業法でも海外進出や輸出拡大を支援するプログラムは盛り込まれているが、一部を除き米国農業界が参加を望んでいたTPPと同程度のプラスの効果をもたらす施策のオプションはさほどない。

トランプ大統領はメンツを重んじるタイプだから、仮にTPP11が誕生しても米国が「参加させていただく」といった 体裁になると彼はTPP参加に首を縦にふることはないだろう。もともと各国あれほどまでに苦労して妥結に至ったTPPを米国の国内事情でご破算にされたわけで、米国の参加を乞うというやり方は振り回されたほうとしてはかなり釈然としない思いはあるが、実際に米国の参加は経済的にも安全保障的にも日本やアジア太平洋諸国には利益になるわけで、実利優先で米国を取り込めるかたちでTPP11をつくることが得策というものであろう。

 

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政治体制とFTAの帰結

 

 

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政治体制と意思決定のあり方 

国によって採用されている政治体制は異なる。この相違は通商政策を含む政治的意思決定の結果にどのような影響を与えるのか?

 

政治体制のバリエーションとしては、議院内閣制や大統領制といった立法府と行政府との関係を決める制度、小選挙区制や比例代表制といった議員の選出方法に関する制度など、さまざまなレベルでのバリエーションがある。

 

また、形式的な制度の違いとは別に、実際にそれがどのように運用されているかという問題もある。そして、この公式的、非公式的な制度の違いが政治的意思決定の結果に大きな影響を与えると考えられるのである。

今回は内山をもとに政治制度がFTAに関する政策に与える影響を考えてみたい。

 

www.murc.jp

 

内山は2010年までの日本の政治制度とその政策決定パターンとの関係性を、同じ議院内閣制を採用するイギリスと比較分析する。内山によると、55年体制以降、小泉政権以前の日本では、官僚や族議員主導のボトムアップ型政策決定パターンが定着していたとする。他方、イギリスでは、首相と内閣主導のトップダウン型の政策決定パターンが中心であり、日本の首相のリーダーシップは弱く、イギリスの首相のリーダーシップは強かった。

 

両国の首相のリーダーシップの差は内閣制度と政党の組織構造に起因し、立法府と行政府の一致度(凝集性)の差が重要で、凝集性が高いほうが首相はリーダーシップが発揮しやすく、低いとリーダーシップが発揮できない。

 

小泉純一郎は政策決定のトップダウン型への移行をすすめ、さまざまな構造改革を実施した。もっとも、後述するとおり、実際にリーダーシップを発揮できるかは、政治制度だけで決まるのではなくリーダーの資質や政治資源にも左右される。

 

55年体制下の政策決定パターン 

 55年体制下の日本の政策決定パターンを見ていく。関連するアクターとしては、首相、内閣、自民党(特に幹事長、総務会長、政務調査会長)、自民党内の派閥、族議員、官僚、利益団体が存在し、伝統的に自民党は派閥の連合体といえるものであった。

 

閣僚人事は派閥の力学によって決定され、首相が専門性等に基づいて自分の任命したい人材を自由に任命できなかった。内閣と官僚との関係性を見ても、官僚の影響力が大きく、各省の大臣は各省庁の利益の代表者であり、首相のリーダーシップを支え、内閣として利害調整を有効に解決できるようには機能して来たとはいえなかった。

 55年体制では、ほとんどの政策決定は官僚が発案し、関連する族議員の同意を獲得し、内閣はその同意をくつがえすことは難しいといった状態で、首相や内閣のリーダーシップはとても弱かった。換言すれば、55年体制下の内閣の閣議決定とは、各省庁と関連する族議員とで了解された内容を全会一致で承認するだけのセレモニーに過ぎなかった。

 

それでも、首相や内閣とそれ以外の族議員や官僚、利益団体との政策選好が似通っていれば、すなわち凝集性が高ければ、首相や内閣は他のアクターからの反対がないから、それだけリーダーシップを発揮できる余地が生じる。他方、首相や内閣の権力が弱く、他のアクターとの選好の大きな乖離があれば、他のアクターからの強い反対により、首相はリーダーシップを発揮するのは難しくなる。

 

トップダウン型リーダーシップと政治的資源、そしてそれがFTA政策に与える影響

2001年4月に首相に就任した小泉純一郎首相は、首相官邸主導のトップダウン型の政策決定を導入しようとした。彼は首相と官房長官などが明確な指示を出し、官僚がそれを実施するという方式を重視し、また、政策決定を自民党とは別に経済財政諮問会議等の場で進めて、それに基づき一元的に内閣で政策決定することを目指した。これにより、小泉政権下でトップダウン型の政策決定が一定程度導入されたといえる。

 

このように、55年体制で各セクターの利害を吸い上げ、上で利害を調整するようなボトムアップだった日本の政策決定は、小泉政権下でトップダウン型へと変容したといえる。さて、そもそもFTAを考える上でなぜ政治体制が大事なのか?それはFTA交渉においては、国内の多様な利益の調整が必要となり、政治体制がその調整のあり方に影響を及ぼすと考えられるからである。

 

ボトムアップの政治体制では、仮にリーダーが国益のためにはFTAが必要と思っても、FTAは不利益となるセクターも存在するため、そのセクターの利益を代表する団体や族議員、官僚の反対に直面すれば、彼らの同意を獲得するために、FTAを諦めるか、それともかなり譲歩したものにならざるを得ない。

 

しかし、トップダウン型の意思決定であれば、リーダーが自身の望む政策の実現が容易となるか、仮に譲歩が必要だとしても、譲歩の程度が少なくて済むかもしれない。そのため、リーダーが自由貿易を志向するタイプであれば、それだけFTA締結の可能性が高まることになる。さらにその中身もより自由化率が高いものとなろう。

 

もっとも、意思決定の仕組みだけが政策の帰結を決定するわけではなく、リーダーの持つ政治的資源の量も大きな影響を持つ。政治的資源の代表的なものが世論の支持、すなわちリーダーの人気である。世論におけるリーダーの人気が高ければ、各議員はリーダーに従ったほうが選挙での再選確率が高まるので、リーダーの政策を支持しよう。

反対にリーダーの人気が低ければ、リーダーについていくとかえって自身の再選確率を下げてしまう。民主党野田政権の末期を想像してもらえばわかるとおり、野田首相はTPPの交渉参加を志向していたが、彼は世論の人気がなかったから、党内のTPP反対派は彼に賛成するインセンティブをもたなかった。

 

政治的意思決定システムの変更により、リーダーは自身の意向を政策決定に反映させやすくなった。あとは、彼、ないし彼女がどの程度の政治的資源を有するか、そしてそれを上手く活用できるかが、FTA交渉の結果に大きな影響を与えると考えられよう。

 

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