猫山猫之介の観察日記

猫なりに政治や社会について考えているんです。

農業の産業としての特殊性と多面的機能

農業がなぜ保護されるに値するのか。

 

その根拠が農業の産業としての特殊性と多面的効果である。古い本だが、基本的な主張は今日でも概ね変わっていないので、豊田隆の本をもとにそれぞれについてまとめたい。

 

農業政策 (国際公共政策叢書)

農業政策 (国際公共政策叢書)

 

 

農業の産業としての特殊性と多面的機能

まず、農業の産業としての特殊性である。特殊性とはすなわち、天気や季節を相手にしなければならないこと、製造業に比べて分業にもとづく協業が困難であること、土地への依存度が高い産業であること、家族経営が圧倒的多数であること、農業に必要なスキルが他の産業に応用しにくいことなどがあり、そのため製造業やサービス産業のように市場メカニズムを単純に当てはめられないとする(pp.4-7)

 

もう一方の農業の多面的機能は、農業は単に農作物を生産する以上の役割を果たしているとするもので、たとえば、自然環境の保護、治水・利水への貢献、景観保全、食料安全保障、伝統文化の保全、観光資源などの役割を有するとの主張である(pp.7-8)。こうした多面的機能を果たすからこそ、手厚い保護が正当化されるのである。

 

農業が特殊な産業であることや農業が果たすこれらの役割を否定するものは少ない。農業政策改革や農産物の貿易自由化を支持する人たちも農業のこうした役割は認めているし、農業に何らかの保護が必要なことも認めている。

 

農業保護の論点 

問題はそれらの農業の特殊性や役割を認めた上で、どのような政策がその目的に資するか、そもそも現在の政策がその目的や日本の農業の発展に貢献しているかは議論のしどころである。

 

たとえば、減反や高関税が日本の農業の発展に寄与してきたのか?減反はコメ生産を制限して供給量を減らし、それによってコメ価格を高水準に維持させる政策だ。減反によって農家は農産物を生産するという本来の仕事ができないし、消費者は安価なコメを買えず、それはわれわれがコメに接する機会へ減らしうるし、経済状態が悪ければ、そもそもコメを買うことさえ難しくなる。高いコメはひいてはコメ離れを加速させる。

 

日本における農政と持続可能な発展 | キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)

 

野放図にコメが生産されると、コメの供給過多となり、コメ価格が下落し、農家の所得が減少する危険性はもちろんある。その懸念に対しては、不足払い制度や直接固定支払い制度、または/および作物保険の保険料への補助の導入によって農家の所得低下に備えればよい。

 

農業の発展を支える政策の選択肢は一つではない。農業の特殊性と多面的機能を考慮することと今の政策を無批判に支持することはイコールではない。様々な選択肢を検討して農業の発展と消費者の利益拡大(国民の経済厚生の最大化)を両立できる政策は絶えず模索するべきだが、少なくとも減反は高関税保護よりは、不足払いは直接固定支払い、作物保険保険料補助のほうが、今の政策よりは農家と消費者の利益拡大のウィンウィンの選択肢であると考える。

 

農業政策改革や貿易自由化を支持するからといって農業保護が悪いと言っているのではない。要は保護する方法の当否である。

G7サミットが終わって〜国際秩序の費用負担〜

 
G7サミット閉幕

トランプ大統領の言動が注目されたイタリア・タオルミナG7サミットが閉幕した。自由貿易を擁護する共同声明が発表できるか注目されたが、この点については「保護主義と闘う」という文言を盛り込めたから、自由貿易擁護派の最終防衛線の死守にはひとまず成功したと言えるだろう。

他方、「不公正な貿易慣行に断固たる立場をとる」というトランプ大統領の主張もあわせて盛り込まれ、自由貿易とは別の懸案事項であった気候変動については、米国の反対によりパリ協定支持を共同声明に盛り込むことに合意できなかった。


トランプ大統領はサミット終了後、ツイッターで、真に公平な条件(truly level playing field)の促進のため、貿易歪曲的(trade-distorting)慣行の除去を求めるという合意ができて、素晴らしい会議だったと述べているが、実際、サミットの共同声明を読むと、トランプ大統領の主張のほうが保護主義と闘うというくだりよりもかなりスペースが割かれているようにも見える。

www.g7italy.it


保護主義と闘うというくだりは言ってみれば一文に過ぎないが、貿易歪曲的慣行の除去については一段落が割かれている。貿易歪曲的慣行の次のパラグラフのルールに基づく国際貿易制度の重要性を認識するというくだりをどう読むかにもよるが(WTOルールに従うとすれば、トランプ大統領が主張するような報復関税に対する報復関税はルール違反であってできないことになる)、共同声明の合意のために腐心した形跡が見て取れる。

 

国際秩序維持のための非対称的な費用負担にアメリカはもう耐えられない

トランプ大統領が言うことは事実としては間違ってない部分がある。というのも、第二次大戦後の国際秩序の維持のためにアメリカは他国よりも多めの費用負担をしてきたからだ。これは他の国が戦争によって疲弊し、他方でアメリカはほぼ自国本土の被害を受けなかったから、そもそも多めの費用負担が出来たという面もあるが、それだけではなく、アメリカによる国際秩序の「統治」と、それへの他国の支持を獲得するために、アメリカが他国よりも費用負担をして、被治国にもアメリカが主導する国際秩序に利益を感じてもらい、国際秩序への支持を獲得するという制度維持構造という側面があった。

今では第二次大戦後のようにアメリカと他国とのあいだの力の格差は相対的に縮まったし、台頭する中国はいずれアメリカを経済的に追い越すことが確実視されている。こんな状況では非対称的な費用負担をしたくないというアメリカの気持ちもむべなるかな、という気もする。

その意味でアメリカは「普通の国」になりつつあるといえるが、これまでの国際秩序がアメリカの非対称的な費用負担によって安定してきたとすれば、国際秩序保護者としての役割をアメリカがやめるのは重大な現状変更になる。そして、アメリカの退場によって最も利益を得るのは既存秩序に何かとケチをつける中国やロシアであり、それは日本やヨーロッパにとって大きな損失を意味する。

 

仮にトランプショックを乗り切ったとしても、いずれ米中の差が縮まって逆転されるタイミングは確実に訪れるわけで、中国が民主主義や人権、市場経済を重んじる国に転換するという幸運が訪れない限り、アメリカ中心で運営されてきた国際秩序をどう運営するかという問題に世界は必ず直面する。米国が単独で負担できない以上は日本を含む他国も今以上に国際秩序維持にコミットしなければならなくなる。アメリカが非対称的な費用負担を続ける限り、トランプ以外にも公平な費用負担を求めるリーダーは現れるし、それを支持する世論も強くなるであろう。

 

自由貿易体制を含む既存の国際秩序にアメリカがメリットを感じにくくなっている。第二次大戦後はアメリカ主導の国際秩序に他国がメリットを感じられるように非対称的な費用負担までして秩序安定にアメリカは腐心した。しかし、今では当のアメリカがメリットを感じていない。今度は秩序の被治者が厭世的になっている治者にいかにしてリーダーにありつづけてもらうかに腐心しなければならない時代になっている。

外圧の効果〜日本は彼の国の属国か?〜

 

 

日本は彼の国の属国?

日本は彼の国(米国)の属国だ、というのはシン・ゴジラでのセリフだが、新聞報道、ネットを問わず、日本は米国の傀儡という見方はあちこちで見ることができる。属国と呼ぶか傀儡と呼ぶかは別にして、特に米国相手では日本はイニシアチブをもてないというのは衆目一致するところである。

 

TPPもそうだ。中野や浜田といったTPP反対派は同協定を彼の国の陰謀と言った。昨年の米国大統領選挙によって、米国内でもTPPをめぐって賛否が割れていたことが明らかとなり、日本への陰謀どころか米国内のアンチTPP派さえ説得に失敗したというのが実情で、日本のアンチTPP 派の陰謀説がなんら根拠ないデマだったことが図らずも明確となったわけだが、陰謀説がそれなりの納得感をもって受け入れられたのは、そもそも日本は米国の傀儡だ、と考える土壌が日本にあったからだといえる。

 

TPP亡国論 (集英社新書)

TPP亡国論 (集英社新書)

 

 

恐るべきTPPの正体  アメリカの陰謀を暴く

恐るべきTPPの正体 アメリカの陰謀を暴く

 

 

Schoppaの"Two-level games and bargaing outcomes"をもとに 

では、アカデミックな世界では外圧がどのように分析されているか、SchoppaのTwo-Level Games and Bargaining Outcomesを一例として取り上げたい。

 

www.cambridge.org

 

著者は、1990年代の日米の構造調整協議(SII)をめぐる5つの論点をめぐる交渉、すなわち、①マクロ経済、貯蓄•投資バランス、②流通業界、③排他的ビジネス慣行、④系列について、前者の二つについては日本が米国の要求を受け入れたが、残りは日本のわずかな譲歩しか引き出せないか、ほとんど米国の要求は受け入れられなかったと評価する。

 

著者はいずれも米国にとっては重要な論点で、譲歩のなかった2つについて圧力を弱めたわけではないとする。となると、外圧があっても譲歩するケースと、譲歩しないケースがあることになり、それを分ける要因は何か?ということが問題となるわけだ。

 

まず、ポイントとしては、日米交渉の前から、それらの論点が当時の日本国内で問題視されていたこと、各論点に関わるアクターは限られていたこと(管轄省庁、業界団体、族議員)があり、それらの問題を米国が交渉に取り上げることで、それぞれの論点が一部の人だけが関わる国内問題ではなく、米国との関係を犠牲にして現状を維持するか、対米関係を重視するかという問題へと問題の質の変化が起きたとする(p.374)

 

外交交渉を通じて、国内のエリート内およびメディアや世論の中で相手国からの要求が自国にとってもプラスになると理解されるようになり、反対派も場合によっては「しょうがない」(p.381)として交渉結果を受け入れる。

 

The articles has highlighted twoo synergistic strategies that were used with varying degrees of success by the Americans during the course of the SII negotiations. The first, which I called participation expansion, involved an effort by the United States to broaden both elite and general public involvement in decision making in targeting shperes in hopes of increasing the influcence of interests sympathetic to American demand.

[...]

The SII cases reveal that, by drawing media attention to issues usually dealt with in relative seclusion, foreign pressure can expand participation to include the general public. In several of the cases, the fact that the United States had decided to target specific issues gave the Japanese media (which happend to be sympathatic to some of the American demands) an excuse to publicize and amplify U.S. arguments, thus giving expression to unorganized but widely felt interests of the Japanese general public. (p.384)

 

たとえば、財政問題については、米国から今後10年間の公共投資額の数値目標の明確化が要求された。財務省(当時は大蔵省)は渋ったが、公共投資拡大派の他省庁や議員が交渉に関わることで、財務省単独で問題をさばくことができなくなったし、仮に財務省だけが抵抗して日米合意に失敗すれば、その責任は財務省に帰せられる。

 

公共投資の予算を決めるのは財務省だが、本問題が外交交渉のテーブルに乗ることで、他省庁も関与できるようになり、公共投資拡大派としては「米国を利用すること」(Nothing other than to use the Americans)が有効な手段とされたのである(p.377)。

 

Schoppaの議論では、確かに米国の外圧は日本の政策決定に大きな影響を与えたのだが、外圧が機能するには、日本国内でそもそもそのテーマが日本国内で議論の対象となっていること、そして、日本国内での同調者を獲得しないとならないことが示されている。反対に日本側から見れば、外圧を利用したいと考えている人たちがいるということになる

 

ここから見えてくるのは、外交交渉では、外圧によって一方的に従わせるということはほとんど発生せず、影響を受ける国の国内政治も大きな役割を果たし、国内政治情勢によっては外圧が全く機能しないことがあるということだ。

 

実際、TPPにしても、TPPを契機に日本の農業改革に期待する人たちもいた。TPPには米国からの影響力もあったのは間違いないが、他方で日本国内にも、様々な理由からTPPに期待する人たちがいたのである。陰謀説はキャッチーで単純でおもしろいが、通商を含む現実の外交交渉は、相手国との折衝と国内の政治力学が絡み合う複雑なプロセスなのである。

 

「TPPが日本農業を強くする」(著者:山下 一仁)| 出版物 |キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)

 

真っ当な非主流派から本格的な非主流派への流れ

 

マクロン氏の勝利、しかし次はルペン氏か? 

周知のとおり、フランスの大統領選挙ではマクロン氏が勝利した。極右のルペン候補が当選しなくてホッとしたといったところだろう。

 

これで(マクロン氏が途中で辞めない限り)大統領の任期である次の5年はひとまず持ちこたえられる見通しが立ったわけだが、しかし、次回の大統領選挙ではルペン氏が当選するんじゃないかと私は危惧している。

 

というのも、真っ当な非主流派から本格的な非主流派に転換したアメリカと同じ道を辿るような予感がしているからだ。

 

真っ当な非主流派オバマ大統領 

トランプ大統領と民主党候補者選びでヒラリー氏と争ったサンダース氏のインパクトが強いから、今回初めてアメリカで非主流派の大統領が選ばれた印象が強いが、なかなかどうしてオバマ氏も初の黒人大統領であり、国レベルでの政治経験が乏しかったという意味ではそれなりに非主流派の人物であったと思うのだ。

 

あのときも民主党候補者選びではヒラリー氏が圧倒的に優勢と見られていた。しかし、選挙に当選したのは若くて当時はヒラリーに比べて知名度も経験も劣るオバマ氏なわけで、当時は80年代後半から続くブッシュ家とクリントン家による主流派の「王朝支配」を米国民が嫌ったのだ、と分析されたのである。

 

つまり、オバマ氏も反主流派の流れで大統領になったといえるのだ。当時、トランプ氏が共和党候補なら選挙で勝てなかったではないだろうか。そもそもトランプ氏のような常識外れの候補者がいなかったこともあるが、多くの人はこれまでと違うことをやりたい場合、一気にラディカルに変えるというよりも、今までとは違うが、とはいえそれなりに穏当な選択肢を選ぶだろう。

 

そうして選ばれたのがオバマ氏だったのだと思う。実際、彼は「チェンジ」(Change we can believe in)を旗印にしていたわけで。

 

本当に彼の政治運営がダメだったのかはわからない。オバマケアだって、日本人の感覚からすれば真っ当な政策のようにも思えるし、確かに大統領令を積極に使うことで議会との協調を疎かにした面はあろう。しかし、議会との協調を上手くやるかなんて、有権者は考慮するのだろうか。

 

と、オバマ氏に対する評価はいろいろあり得ようが、今ではオバマ氏を非主流派だと思う人はおらず、彼の支持率も低迷した。結果、穏当な非主流派を選んでも満足できず、さらに民主党の候補者がゴリゴリの主流派なもんだから、となると、通常のクスリに満足できなかった人がトランプ氏という劇薬を求めたようなものではないだろうか。

 

真っ当な非主流派に失望したら。。。 

大概の場合、主流派が自由貿易を支持し、保護貿易を頑迷な政策と批判する。それは理論的には正しいのだろうが、人がその主張に説得されるかどうかは、発言の正しさではなく、発言者の魅力に依存することも多い。とすれば、嫌われ者の主流派が自由貿易を支持すればするほど、自由貿易への支持が低下するというもので、自由貿易を支持する穏健な非主流派に失望したとき、人々が保護貿易を支持する劇薬に手を出す可能性が高くなるだろう。

 

しかし、どんな天才であっても経済成長を達成しつつ、手厚い社会保障を提供し、失業率も改善させ、人の移動を支持しつつ、テロや治安を不安を解消するのは至難の技だ。ムリゲーと言ってもよい。

 

とすると、マクロン氏がみなの期待を満たすのはほぼ不可能なのであり、既存の政治に辟易し、だから穏健な非主流派を選んだのに、それでも上手くいかないのだとすれば、次はルペン氏の登場となるのだろう。決して楽しい未来ではないが。

TPP11の貿易転換効果で米国を多国間FTAに引き戻す

 

 

スポンサーリンク

 

 

TPP11への転換 

経済規模の観点からはTPPは事実上の日米FTAであった。そのためトランプ政権がTPPから離脱したことは日本にとって大いにガッカリさせられる展開であったわけである。日本は米国抜きでも残る加盟国でTPPを進めるか逡巡したが、その日本も米国を除く11カ国によるTPP、すなわちTPP11を進める方向に舵を切った(「『好機狙ったTPP11』」『日本経済新聞』2017年4月23日(朝刊))。

 

これが可能になった背景には、米国が日本の方針を黙認したことと、日本からしても日米二国間FTA交渉を進めることとTPP11の交渉を進めることがトレードオフの関係ではなく、両立しうる政策であるからに他ならない。

 

日本がTPP11に期待するのは、これが持つ貿易転換効果によって米国がTPPに戻ってくる可能性があること、そして戻ってこないにせよ、米国との二国間交渉を有利に進められると考えているからである。

 

貿易転換効果 

貿易転換効果とは、FTAによる関税・非関税障壁撤廃・削減により、当事国間の貿易が活発になる一方、本来効率性や価格面で有利な国からの貿易が減少することを指す。もともとそこに輸出していた第三国にとっては輸出の減少であり、市場の喪失となる。貿易転換効果はFTAによる非効率性増大を指す用語であるが、効率性云々は別に、FTAによって貿易の相手先が変わることとして使われることも多く、ここでもその意味で使用する。

  

FTAを締結した国同士では関税が撤廃されるため、相手国から輸入される商品の価格が安くなる。関税だけでなく、非関税障壁も撤廃されたなら両国間の貿易はさらに活発になると考えられる。TPP11であれば、オーストラリアやニュージーランドが農業大国であり、米国の競争相手となる。日本とオーストラリアはすでに二国間FTAを締結しているが、TPPのほうがより有利な条件であるため、オーストラリアとしてもTPP11はメリットがあるだろう。

 

貿易転換効果 → 米国の競争力低下 → 議会への圧力 → 議会から政権への圧力  

TPP11によって、日本との貿易でオーストラリアとニュージーランドが有利になって、米国からの輸出が減れば、米国内の農業団体が、地元の議員にTPPに参加せよ、とか日本とのFTA締結を急げと圧力をかけ、ひいては議会からトランプ政権への圧力となることが想定される。

 

仮にTPP11に米国が参加しないにしても、日本との交渉妥結を急ごうとすれば、自国の要求を貫徹させようとばかりすればいつまでも交渉妥結に至らないため、米国側が譲歩する可能性が出てくる。

 

アメリカファーストを掲げ、貿易赤字の削減を至上命題とするトランプ政権とすれば、日本の関税・非関税障壁を温存するようなものや、反対に米国の関税や非関税障壁を削減・撤廃するような協定には納得しにくいだろうし、議会の圧力に易々と屈するタマでもない。とはいえ、先の大統領選挙でトランプ大統領の票田となった米国中西部は農業州でもあり、実際、トランプ氏に投票した農家は少なくなかった。

そのため、自身の支持者からの圧力ともなればトランプ大統領としても無下にはできないかもしれない。折しも農産物価格は下落傾向にあり、米国農家の所得は低下しつつある。米国農家が輸出に活路を見出したいと考えれば、トランプ大統領に海外市場への進出拡大支援を求めることもあろう。

 

米国の農業法でも海外進出や輸出拡大を支援するプログラムは盛り込まれているが、一部を除き米国農業界が参加を望んでいたTPPと同程度のプラスの効果をもたらす施策のオプションはさほどない。

トランプ大統領はメンツを重んじるタイプだから、仮にTPP11が誕生しても米国が「参加させていただく」といった 体裁になると彼はTPP参加に首を縦にふることはないだろう。もともと各国あれほどまでに苦労して妥結に至ったTPPを米国の国内事情でご破算にされたわけで、米国の参加を乞うというやり方は振り回されたほうとしてはかなり釈然としない思いはあるが、実際に米国の参加は経済的にも安全保障的にも日本やアジア太平洋諸国には利益になるわけで、実利優先で米国を取り込めるかたちでTPP11をつくることが得策というものであろう。

 

スポンサーリンク

 

 

政治体制とFTAの帰結

 

 

スポンサーリンク

 

 

政治体制と意思決定のあり方 

国によって採用されている政治体制は異なる。この相違は通商政策を含む政治的意思決定の結果にどのような影響を与えるのか?

 

政治体制のバリエーションとしては、議院内閣制や大統領制といった立法府と行政府との関係を決める制度、小選挙区制や比例代表制といった議員の選出方法に関する制度など、さまざまなレベルでのバリエーションがある。

 

また、形式的な制度の違いとは別に、実際にそれがどのように運用されているかという問題もある。そして、この公式的、非公式的な制度の違いが政治的意思決定の結果に大きな影響を与えると考えられるのである。

今回は内山をもとに政治制度がFTAに関する政策に与える影響を考えてみたい。

 

www.murc.jp

 

内山は2010年までの日本の政治制度とその政策決定パターンとの関係性を、同じ議院内閣制を採用するイギリスと比較分析する。内山によると、55年体制以降、小泉政権以前の日本では、官僚や族議員主導のボトムアップ型政策決定パターンが定着していたとする。他方、イギリスでは、首相と内閣主導のトップダウン型の政策決定パターンが中心であり、日本の首相のリーダーシップは弱く、イギリスの首相のリーダーシップは強かった。

 

両国の首相のリーダーシップの差は内閣制度と政党の組織構造に起因し、立法府と行政府の一致度(凝集性)の差が重要で、凝集性が高いほうが首相はリーダーシップが発揮しやすく、低いとリーダーシップが発揮できない。

 

小泉純一郎は政策決定のトップダウン型への移行をすすめ、さまざまな構造改革を実施した。もっとも、後述するとおり、実際にリーダーシップを発揮できるかは、政治制度だけで決まるのではなくリーダーの資質や政治資源にも左右される。

 

55年体制下の政策決定パターン 

 55年体制下の日本の政策決定パターンを見ていく。関連するアクターとしては、首相、内閣、自民党(特に幹事長、総務会長、政務調査会長)、自民党内の派閥、族議員、官僚、利益団体が存在し、伝統的に自民党は派閥の連合体といえるものであった。

 

閣僚人事は派閥の力学によって決定され、首相が専門性等に基づいて自分の任命したい人材を自由に任命できなかった。内閣と官僚との関係性を見ても、官僚の影響力が大きく、各省の大臣は各省庁の利益の代表者であり、首相のリーダーシップを支え、内閣として利害調整を有効に解決できるようには機能して来たとはいえなかった。

 55年体制では、ほとんどの政策決定は官僚が発案し、関連する族議員の同意を獲得し、内閣はその同意をくつがえすことは難しいといった状態で、首相や内閣のリーダーシップはとても弱かった。換言すれば、55年体制下の内閣の閣議決定とは、各省庁と関連する族議員とで了解された内容を全会一致で承認するだけのセレモニーに過ぎなかった。

 

それでも、首相や内閣とそれ以外の族議員や官僚、利益団体との政策選好が似通っていれば、すなわち凝集性が高ければ、首相や内閣は他のアクターからの反対がないから、それだけリーダーシップを発揮できる余地が生じる。他方、首相や内閣の権力が弱く、他のアクターとの選好の大きな乖離があれば、他のアクターからの強い反対により、首相はリーダーシップを発揮するのは難しくなる。

 

トップダウン型リーダーシップと政治的資源、そしてそれがFTA政策に与える影響

2001年4月に首相に就任した小泉純一郎首相は、首相官邸主導のトップダウン型の政策決定を導入しようとした。彼は首相と官房長官などが明確な指示を出し、官僚がそれを実施するという方式を重視し、また、政策決定を自民党とは別に経済財政諮問会議等の場で進めて、それに基づき一元的に内閣で政策決定することを目指した。これにより、小泉政権下でトップダウン型の政策決定が一定程度導入されたといえる。

 

このように、55年体制で各セクターの利害を吸い上げ、上で利害を調整するようなボトムアップだった日本の政策決定は、小泉政権下でトップダウン型へと変容したといえる。さて、そもそもFTAを考える上でなぜ政治体制が大事なのか?それはFTA交渉においては、国内の多様な利益の調整が必要となり、政治体制がその調整のあり方に影響を及ぼすと考えられるからである。

 

ボトムアップの政治体制では、仮にリーダーが国益のためにはFTAが必要と思っても、FTAは不利益となるセクターも存在するため、そのセクターの利益を代表する団体や族議員、官僚の反対に直面すれば、彼らの同意を獲得するために、FTAを諦めるか、それともかなり譲歩したものにならざるを得ない。

 

しかし、トップダウン型の意思決定であれば、リーダーが自身の望む政策の実現が容易となるか、仮に譲歩が必要だとしても、譲歩の程度が少なくて済むかもしれない。そのため、リーダーが自由貿易を志向するタイプであれば、それだけFTA締結の可能性が高まることになる。さらにその中身もより自由化率が高いものとなろう。

 

もっとも、意思決定の仕組みだけが政策の帰結を決定するわけではなく、リーダーの持つ政治的資源の量も大きな影響を持つ。政治的資源の代表的なものが世論の支持、すなわちリーダーの人気である。世論におけるリーダーの人気が高ければ、各議員はリーダーに従ったほうが選挙での再選確率が高まるので、リーダーの政策を支持しよう。

反対にリーダーの人気が低ければ、リーダーについていくとかえって自身の再選確率を下げてしまう。民主党野田政権の末期を想像してもらえばわかるとおり、野田首相はTPPの交渉参加を志向していたが、彼は世論の人気がなかったから、党内のTPP反対派は彼に賛成するインセンティブをもたなかった。

 

政治的意思決定システムの変更により、リーダーは自身の意向を政策決定に反映させやすくなった。あとは、彼、ないし彼女がどの程度の政治的資源を有するか、そしてそれを上手く活用できるかが、FTA交渉の結果に大きな影響を与えると考えられよう。

 

スポンサーリンク

 

 

JA全農改革〜改革へ至る選好順位〜

 

 

 JA全農の自主改革

全国農業協同組合連合会JA全農)の自主改革案が公表されました。

 

具体的には、

 

主要肥料銘柄を400から10に集約

中古農機の全国展開

安価な後発農薬を発売

コメの直販を9割にする

 

などが挙げられています。

 

農協は農家の交渉力強化や所得向上のための組織として設立され、実際にそれに貢献してきたといってよいでしょう。

しかし、近年は既得権益化し、自由な農産物取引を妨げ、ときとして農家と消費者の不利益となるケースも出てきています。

 

最近であれば、JA土佐あきが農家に対して生産したナスを全て同農協を通して販売するよう圧力をかけたとして、公取委から再発防止を求める排除措置命令が出されました。組合員であっても出荷先は自由に選べるにもかかわらず、農家の味方であるべきJAが圧力をかけて農家の自由な取引を妨げていました。

 

このように近年ではJAは機能不全を起こしていると思しき行動をとっていたわけで、日本の農業の再興のため、JA改革が求められており、政府も小泉進次郎氏がプロジェクトチームのリーダーとなり、改革案の作成を主導しました。

 

そうした背景の踏まえての今回の自主改革案の発表となるわけです。

 

自ら改革するインセンティブ 

さて、JAは自ら改革をすすめるインセンティブはなかったと思いますが、それでも改革案を作成したのはなぜでしょうか。

まず、JAの選好順位を下記のとおりまとめてみます。

 

現状維持>自主改革>政府主導の改革

 

外部からの改革の強制が必ずしも厳しいものになるとは限りませんが、それでも自身の裁量によるものではないので、かなりの大ナタが振るわれる可能性は否定できません。

 それでも、改革への圧力が存在し、現状維持が困難な状況であり、何かしらの改革は不可避という情勢であったとします。

 

その場合は、自主改革案を作成し、課題に取り組んでいるという姿勢を示すことが次善の策となるでしょう。

 

あまりに内容のない改革案であればかえって叩かれるかもしれませんが、たとえ厳しめの改革案にするにせよ、自身でコントロールできるぶん、過大な改革案を吹っかけられるリスクは回避できます。

 

今日でこそ定着した感のあるCSRですが、当初は似たような動機で進められた側面があると思います。

 

ナイキのスニーカーは途上国で生産されていましたが、そこでは児童労働や劣悪な環境での作業が行われていたことが、NGOの告発によって明らかとなりました。

 

ナイキのスニーカーの不買運動が起こり、ナイキは問題への対処を迫られました。企業活動による負の外部効果は、労働環境だけに限らず、環境問題などもあり、企業とはいえ自由な経済活動だけをしていればいいという考え方が受け入れられないとすれば、それらを取り締まるために公的な規制を導入するという手もあります。

 

http://toyokeizai.net/articles/-/35708

 

ただ、企業としてはそれは困る。特に世論が企業への懲罰を求めているような状況では、過剰に厳格な規制が導入されてしまうかもしれません。

 

とはいえ、何もしないということが許されず何らかの対策は必要ということで、自主的な取り組みが選択されるというわけです。

 

JAがあえて自主改革案を導入した動機としてはそのようなことが考えられるわけで、小泉進次郎氏のもと改革の機運が作られ、現状維持は困難ということをJAが認識したという証拠といえます。

 

今後の行方

今後は改革が実際に実施されるのかに焦点が移ることになります。

 

政府なり世論が改革への圧力をかけ続ければ、JAは改革を実施するコストと、改革しないことによる懲罰、すなわち厳格な改革案導入とのあいだでコスト計算しなければならず、そうであれば改革に向けて取り組むと考えられます。

 

JAの組織改革が進み、JAの政治的動員力が落ちれば、今後のFTA交渉におけるJAからの反対が弱まるかもしれません。

 

もっともTPPご破算後の日米FTA交渉についていえば、農業団体からの反対がなくても、これだけ振り回されながらあっさり米国の要求を呑むのうであれば、政権のメンツにもかかわるので、なかなか難しいとは思いますが。

 

それにTPP交渉が妥結したときの安倍政権の政治的資源は潤沢にありましたが、今は森友学園問題で疲弊していますから、仮に協定の中身がTPPと同レベルでも2年前ほど容易には国内を説得するのは難しいことでしょう。