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EPA/FTAで前例を作ることの重要性を示したTPPと日欧EPA

  

日欧EPAに対する作山氏のコメント

本日(7月9日)の「日本農業新聞」に明治大学の作山氏のコメントが掲載されている。同氏は次のように日欧EPAを批判する。

 

  • 交渉において、安倍政権は得るべきもの、守るべきものの範囲や情報公開方針などを明示せず、国民への説明責任を果たしていない
  • ハードチーズを含めコメ以外の重要品目でTPP並みの市場開放を約束している。これによって米国や他国から新たな市場開放要求を呼び込むことになる。牛肉は9%までの関税削減を約束しており、豪州から日豪EPAの再交渉を求められたり、カナダからEPA交渉の再開を求められたりして、米国を含めこれらの国が日欧EPA並みの関税削減を要求してくる
  • 麦、砂糖、豚肉、ハードチーズなどでTPP並みを適用したのは誤り
  • こうなった一因は、TPP協定を国会で批准したこと
  • FTA交渉は前例の有無が重要で、日本が正式にTPP協定を決めたことをEUが付け込み、他国(TPP)に約束済みの情報をせよと主張し、それに日本が押されてしまった(「他国の開放圧力必至」『日本農業新聞』2017年7月9日) 

 

日豪EPAでは、牛肉関税について、冷凍牛肉を18年かけて38.5%から19.5%に、冷蔵牛肉を15年かけて38.5%から23.5%まで削減することになっている(発効初年度にそれぞれ8%と6%関税が削減される)。関税削減率は日豪EPAのほうが不利なため、牛肉輸出国の豪州が再交渉を求めるのは道理である。

 

FTA交渉は前例の有無が重要というのもまったくそのとおりである。それゆえに私は先日のブログで発効は難しくともTPPの妥結は有意義だったと書いたのである。

 

mtautumn.hatenadiary.com

 

前例の重要性としての日シンガポールEPA

日本がはじめて締結したEPAシンガポールとの間のものである。これもEPA/FTAのおける前例の重要性を示す事例である。

シンガポールはほとんどすべての品目で関税が撤廃されていたから、経済的利益という観点からはわざわざEPAを結ぶメリットはなかった。しかし、もともと日本はWTO交渉を重視する立場でEPAには消極的であった。だが、WTO交渉が停滞したことから、世界の潮流は EPAへと移行し、その流れに乗り遅れたことを危惧する政府(特に外務省や経産省)は、EPAへの第一歩を踏み出す必要性を感じていた。

 

EPAがゼロというのとどこかの国と締結した経験があるというのは雲泥の差である。どこかとEPA/FTAが成立することでゲームのルールは完全に変わり、あの国と締結したのであれば、こちらの国と締結するのもアリ、反対派からしてもあの国と締結したのにこの国と締結してダメな根拠を挙げることが難しくなる。だからこそどんなものであれ、そしてどの国とであれ、EPAを締結するという事実それ自体が大事だったのである。

 

シンガポールは貿易立国のため、EPA推進派であったが、他方で農業生産が小さいため、日本からしても農産品の自由化が懸案となりづらかった。それゆえにシンガポールとの間で日本初のEPA/FTA締結となったわけで、それがその後の日本のEPA/FTA推進の第一歩となったのである。

 

自由貿易推進派からすれば、だからこそ前例を作ることが大事だったが、反対派からすれば前例は脅威である。日本農業新聞は農協団体が発行する新聞だから、TPPを悪しき前例として非難するのであろう。

 

EPAの恩恵をどうアピールするか 

ところで、普段われわれはEPAの関税削減の恩恵を意識することはないが、私は一度だけスーパーで日豪EPA関税削減の利益還元として牛肉を安売りしているのを見たことがある。

TPPもそうだったが、交渉に際して政府はEPA締結によってこんな利益がある、こんな効果があるとそのメリットを力説するし、実際に自由貿易はわれわれに恩恵をもたらすのだが、その恩恵を実感する機会はほぼゼロである。それがイマイチ自由貿易への支持が広がらない要因の一つだろう。世論調査では自由貿易EPAを支持する人が多いが、それもメリットがあるらしいと聞いたからというのが正直なところで、さらに突っ込まれて、商品が安くなったのを実感したことがあるかとか、賃金が上がると思うかとか、雇用が増えると思うかとか、各論にブレイクダウンされるとよくわからなくなるだろう。

実際、米国の世論調査では、総論としてはEPA/FTAへの支持は高いが、各論で経済や雇用、賃金への影響を聞かれると恩恵がないと答える人が多くなる。自由貿易EPA推進の立場からすれば、スーパーなどに宣伝してもらえるとありがたいところである(もっともスーパーはJAや農家と取引があるだろうから、やたらにEPAをアピールするのは立場上難しいだろうが)。