猫山猫之介の観察日記

猫なりに政治や社会について考えているんです。

外圧の効果〜日本は彼の国の属国か?〜

 

 

日本は彼の国の属国?

日本は彼の国(米国)の属国だ、というのはシン・ゴジラでのセリフだが、新聞報道、ネットを問わず、日本は米国の傀儡という見方はあちこちで見ることができる。属国と呼ぶか傀儡と呼ぶかは別にして、特に米国相手では日本はイニシアチブをもてないというのは衆目一致するところである。

 

TPPもそうだ。中野や浜田といったTPP反対派は同協定を彼の国の陰謀と言った。昨年の米国大統領選挙によって、米国内でもTPPをめぐって賛否が割れていたことが明らかとなり、日本への陰謀どころか米国内のアンチTPP派さえ説得に失敗したというのが実情で、日本のアンチTPP 派の陰謀説がなんら根拠ないデマだったことが図らずも明確となったわけだが、陰謀説がそれなりの納得感をもって受け入れられたのは、そもそも日本は米国の傀儡だ、と考える土壌が日本にあったからだといえる。

 

TPP亡国論 (集英社新書)

TPP亡国論 (集英社新書)

 

 

恐るべきTPPの正体  アメリカの陰謀を暴く

恐るべきTPPの正体 アメリカの陰謀を暴く

 

 

Schoppaの"Two-level games and bargaing outcomes"をもとに 

では、アカデミックな世界では外圧がどのように分析されているか、SchoppaのTwo-Level Games and Bargaining Outcomesを一例として取り上げたい。

 

www.cambridge.org

 

著者は、1990年代の日米の構造調整協議(SII)をめぐる5つの論点をめぐる交渉、すなわち、①マクロ経済、貯蓄•投資バランス、②流通業界、③排他的ビジネス慣行、④系列について、前者の二つについては日本が米国の要求を受け入れたが、残りは日本のわずかな譲歩しか引き出せないか、ほとんど米国の要求は受け入れられなかったと評価する。

 

著者はいずれも米国にとっては重要な論点で、譲歩のなかった2つについて圧力を弱めたわけではないとする。となると、外圧があっても譲歩するケースと、譲歩しないケースがあることになり、それを分ける要因は何か?ということが問題となるわけだ。

 

まず、ポイントとしては、日米交渉の前から、それらの論点が当時の日本国内で問題視されていたこと、各論点に関わるアクターは限られていたこと(管轄省庁、業界団体、族議員)があり、それらの問題を米国が交渉に取り上げることで、それぞれの論点が一部の人だけが関わる国内問題ではなく、米国との関係を犠牲にして現状を維持するか、対米関係を重視するかという問題へと問題の質の変化が起きたとする(p.374)

 

外交交渉を通じて、国内のエリート内およびメディアや世論の中で相手国からの要求が自国にとってもプラスになると理解されるようになり、反対派も場合によっては「しょうがない」(p.381)として交渉結果を受け入れる。

 

The articles has highlighted twoo synergistic strategies that were used with varying degrees of success by the Americans during the course of the SII negotiations. The first, which I called participation expansion, involved an effort by the United States to broaden both elite and general public involvement in decision making in targeting shperes in hopes of increasing the influcence of interests sympathetic to American demand.

[...]

The SII cases reveal that, by drawing media attention to issues usually dealt with in relative seclusion, foreign pressure can expand participation to include the general public. In several of the cases, the fact that the United States had decided to target specific issues gave the Japanese media (which happend to be sympathatic to some of the American demands) an excuse to publicize and amplify U.S. arguments, thus giving expression to unorganized but widely felt interests of the Japanese general public. (p.384)

 

たとえば、財政問題については、米国から今後10年間の公共投資額の数値目標の明確化が要求された。財務省(当時は大蔵省)は渋ったが、公共投資拡大派の他省庁や議員が交渉に関わることで、財務省単独で問題をさばくことができなくなったし、仮に財務省だけが抵抗して日米合意に失敗すれば、その責任は財務省に帰せられる。

 

公共投資の予算を決めるのは財務省だが、本問題が外交交渉のテーブルに乗ることで、他省庁も関与できるようになり、公共投資拡大派としては「米国を利用すること」(Nothing other than to use the Americans)が有効な手段とされたのである(p.377)。

 

Schoppaの議論では、確かに米国の外圧は日本の政策決定に大きな影響を与えたのだが、外圧が機能するには、日本国内でそもそもそのテーマが日本国内で議論の対象となっていること、そして、日本国内での同調者を獲得しないとならないことが示されている。反対に日本側から見れば、外圧を利用したいと考えている人たちがいるということになる

 

ここから見えてくるのは、外交交渉では、外圧によって一方的に従わせるということはほとんど発生せず、影響を受ける国の国内政治も大きな役割を果たし、国内政治情勢によっては外圧が全く機能しないことがあるということだ。

 

実際、TPPにしても、TPPを契機に日本の農業改革に期待する人たちもいた。TPPには米国からの影響力もあったのは間違いないが、他方で日本国内にも、様々な理由からTPPに期待する人たちがいたのである。陰謀説はキャッチーで単純でおもしろいが、通商を含む現実の外交交渉は、相手国との折衝と国内の政治力学が絡み合う複雑なプロセスなのである。

 

「TPPが日本農業を強くする」(著者:山下 一仁)| 出版物 |キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)