政治猫

猫が政治と戯れています

これまでのやり取りが通じない相手が出てきたら〜なぜにトランプ大統領に振り回されるのか?〜

 

意図をどう正確に誤認させずに伝えるか、それがとても難しい

意図をどう伝え、相手がそれを誤認することなく受け取ってくれるかはなかなか難しい問題だ。

 

国際政治学で有名な安全保障のジレンマや抑止の問題は意図の伝達ととてもよく関わっている。

 

安全保障のジレンマとは、自国の安全保障を高めるための行動が相手国の警戒感を高め、相手国が軍事力を拡大させ、結果として自国の安全保障を高めるという当初の目的が達成されないことを指す。

 

これは自国の意図を相手国を信じることができないことによって生じる悲劇である。

 

たとえばA国が本心から自国の安全保障を向上させるためにミサイルを配備したとする。これは自衛力の向上のためであって、相手国であるB国を攻撃する意図は全くないとする。

 

B国がこれを信じるかどうか。B国も信じようとはするかもしれない。しかし、自衛のためとはいえミサイルは容易に攻撃用兵器に転用できる。もしA国が合理的であれば本心を隠してハト派と振る舞い、B国が油断したところを攻撃しようとするだろうと想像するかもしれない。

 

それでも国内のように中央政府が存在すれば仮に約束が破られても警察や裁判によって約束を破った人は裁かれ、自分の被害も回復してもらえる。それがわかっていれば、相手もわざわざ進んで約束を破ろうとはしない。それゆえ国内では約束が守られる確率が高まるわけだが、世界には中央政府たる世界政府は存在しない。

 

とすれば、B国は約束が破られた場合は自分で自分の身を守らなければならず、それゆえ国家は最悪の事態も想定するといえる。そうなれば、仮にA国が本心から自衛のためにミサイルを配備したのだとしても、もう一方のB国としては簡単にそれを信じることはできないだろう。

 

こうして、B国は自衛のために軍事力を高めて、結局双方とも安全保障を高めることはできない。A国からすれば自国の自衛の意図を伝達することに失敗したといえるわけで、自国の防衛の意図を伝えることがいかに難しいかがわかるだろう。

 

これは程度の差こそあれ、多くの外交交渉に当てはまると考えられる。自国の意図をいかに伝えるか。本心を信じてもらいたい場合もあれば、本心を隠して相手国を騙したいときもあるだろう。騙すことも容易ではない。相手国も警戒しているからだ。自国は実はタカ派だが、相手国にはハト派と信じさせたい。しかし、それをバレずにどうやるかは外交交渉の腕次第である。

 

意図の伝達の難しさについては、シェリングの本がとても面白い。

 

 

トランプの発言に信憑性を感じるのはなぜ?

さて、トランプ大統領は自分の意図を見事に伝えていると思われる。

 

先日のG20は最後の共同声明で「あらゆる形態の保護主義に対抗する」という文言を盛り込むことができず、「経済に対する貿易の貢献の強化に取り組んでいる」という表現にとどまった。

 

www.bloomberg.co.jp

 

みな、米国の出方を気にしているのだ。依然として米国は世界一の超大国だから、米国が反対することを要求するのは確かに容易ではない。

 

そうしたパワーという根本的な要因も重要なのだが、ここではなぜにトランプ大統領にみながそこまで振り回されるのかを、意図の伝達の観点から考えたい。

 

一言で言えば、「トランプならやりかねない」とみなが思うからこそ、彼の発言に(発言が正しいという意味ではなく、発言したことを本気でやると他者が認識するという意味で)信憑性を感じるのである。

 

彼は大統領選挙中から、移民排斥やTPP離脱といった米国全体の利益で考えれば、そして米国が掲げてきた理念からすれば、絶対にやるはずのないことを公約に掲げ、大統領就任後、すぐさまそれらの公約の実現に向けて動き出した。移民問題こそ司法の抵抗に遭って実現していないが、彼はそれらの政策を選挙での勝利のための方便としてではなく、実際にやるということを示した。

 

 正直、アメリカファーストを掲げながら、米国にとって利益とならないような政策を次々に実現させようとするトランプ大統領のやり方はむちゃくちゃとしか言いようがないが、むちゃくちゃだからこそ他国は彼の言動に信憑性を感じてしまうのだ。

 

どの国でも国の指導者は何らかの政治的な経験を積んでから就任することが多い。それゆえ、その過程で政治的なルールだとか方便というのを覚えてくる。

 

国同士が対立する要素を孕んでいたとしても、ウィーン体制や冷戦がそうであったように一定の慣行が成立すれば、あれはホンキ、これを脅し、といったことが判別しやすくなる(もっともだからこそいつもと同じだろうと思っていたら、実は違ったという誤認も起こるわけだが)。

 

しかし、トランプ大統領は違う。従来の米国の大統領だったら絶対に言ったりやったりしないであろうことを公約に掲げ、そして公約を実現しようと大統領令に署名して、行動に移してきた。

 

こういう従来の公式が通じないやり方相手にどう対処するか他国が学習するには時間がかかるだろう。それまではどの国もトランプ大統領の発言は仮に内容が突破なものであっても彼はホンキかもしれないと疑心暗鬼にならざるを得ない。それゆえ、彼の言動がこれまでに影響力を持つのである。

 

もっともそれが米国自身を幸せにするかはわからない。米国を相手にしても埒があかないのであれば、米国抜きで、たとえばFTAなんかを結ぼうとするかもしれない。中国はこの事態を機会主義的に利用しようとする最たる国だろう。

 

せっかくTPPによって高度な自由貿易ルールを構築するチャンスをトランプ大統領はフイにした。他にも態度をコロコロ変えるようなことがあれば、米国は誠実な交渉相手とはみなされなくなってしまうだろう。彼がむちゃくちゃだからこそ彼の言動が信憑性を高めることになり、短期的には外交交渉を有利に進められるとは思うが、長期的にはトランプ大統領は米国の利益にはならないと思うのである。