政治猫

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ハラスメントハラスメント —なぜハラスメントはブームになったのか—

昨日(2016年1月30日)の日経新聞の朝刊を読んでいたら「家事ハラ」という言葉が出ていた。家事労働ハラスメントの略で、家事を「女性がやって当たり前の無償労働」と捉えて無視・蔑視する問題のことだそうだ。女性が活躍できるようになるには、家事を分担し合う家庭を増やし、家事ハラを過去のものにする必要があるとのこと。

 

確かに。

 

と思う反面、また「ハラスメント」が1つ増えたのか、という気持ちも出てくる。

 

なぜハラスメントがこれほどまでにブームなのか?

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それを考える前にそもそも今、どれくらいハラスメントの種類があるのか。

 

Wikipediaでハラスメントの日本語に相当する「嫌がらせ」のページを見てみると、、、

 

セクシュアルハラスメント(セクハラ)

パワーハラスメントパワハラ

モラルハラスメントモラハラ

スモークハラスメント

アルコールハラスメント

ドクターハラスメント

ブラッドタイプハラスメント

 

が特出しされ、さらにカラオケハラスメント、レリジャスハラスメント、就活終われハラスメント(おわハラ)、アカデミックハラスメントが言及され、その他項目としてエイジハラスメントやエレクトロニック・ハラスメント、マタニティハラスメントが挙げられている。

 

セクハラやパワハラのように完全に市民権を得ているものもあれば、ブラッドタイプハラスメントのように少なくとも私は今まで聞いたことがないものもあった。

 

こんなに増えてしまったら、いずれハラスメントだと言って嫌がらせをするハラスメントハラスメント(ハラハラ)が現れるのではないかと心配になったが、すでにダウンタウンの松っちゃんが某テレビ番組で「今はハラスメントハラスメントや。ハラハラやわ!」と発言したらしい。

 

さすがは、松っちゃん。

 

ここで気になるのは、ハラスメント・ブームけしからん、というよりは、なぜにこれほどまでにハラスメントという言葉が急激に流通するようになったかということ。

 

そしてこのブームの分岐点になったのは、パワハラという言葉が定着したことにあると思う。

 

それはなぜか。

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ハラスメントという言葉を聞いてすぐに想起するのはセクハラではないだろうか。

 

Wikipediaセクシュアルハラスメントのページを参照すると、それは1970年代はじめに米国人のフェミニストであるグロリア・スタイネムがつくった造語で、日本での定着は1980年代半ばだそう。

 

もともと米国のフェミニストが考えた造語だけあって、セクハラという言葉はフェミニズムと分かち難く結びついている。

 

実際、性別に基づく嫌がらせである以上、男性もその被害者になりうるが、セクハラで苦しめられてきたのはほとんどが女性でしょう。

 

なので、セクハラというのは女性が虐げられてきた状況を脱するための抵抗の言葉だったと思うわけ。その効果もあってか、女性に対して性別に基づく嫌がらせをしてはならないという規範は、まだまだ不十分とはいえかなり社会に浸透している。

 

しかし、他方で長らくハラスメントという言葉はセクハラに対してのみ使われてきた言葉なので、なんとなくハラスメント=セクハラというイメージが形成されてきたように思う。そのため、ハラスメントという言葉は女性が使う、または女性が抱える問題を表す単語として認識されてきたのではないだろうか。

 

さらに言えば、フェミニストってあんまり日本においてウケがよくないと思う。

 

長らく女性の権利が制限されたり女性が差別を受けてきたりしたは事実なので、彼女たちの主張は正当だと思うのだけど、イメージレベルでは、フェミニズムといったら口うるさい方がギャーギャー喚いているものっていう理解なのではないか。

 

ハラスメントがフェミニストの専売特許であるうちは、正当な主張でさえも変な色眼鏡で見られてしまって、かえって主張の中身がしっかり吟味されることなく、劇場化してしまっていたような気がする。

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セクハラの起源がフェミニズムにあることで、ハラスメント=セクハラ=女性の主張という受け止められた方がずっと続きてきたのではないかと思う。

 

その潮目が変わったのがパワハラ。上司の権力行使に苦しむのは女性だけに限られない。男性だってその犠牲者になるわけです。そしてパワハラだと言えば相手がひるむことを目の当たりにするケースが増えると、このハラスメントという言葉が抵抗の言葉として非常に有効であるということを多くの人が学習するわけです。

 

このパワハラという言葉の定着によって、まずハラスメントという言葉が性別中立的になった。

 

そして、ハラスメントという言葉が弱者の抵抗の道具として非常に有効であるという学習が行われた。それで他の分野も模倣するようになった。

 

これがハラスメント・ブームのメカニズムなんだと思う。

 

冒頭の「家事ハラ」だって少なからず、フェミニストがこれまで主張してきたこととかなり重なっている。だから、家事ハラという言葉がなくても、そうした問題が存在していることは社会では認知されていた。しかし、現実には夫婦共働きが増えても家事は女性がやることが多く、問題が認知されているわりにはその解決は進んでこなかった。

 

しかし、フェミニズムの一環として家事問題を訴えてもそれほど効果は見込めない。だからこそ、この以前から存在する問題に新たに「家事ハラ」というラベルを貼ってみた。ハラスメントという言葉は武器として有効だって証明されているから。

 

ハラスメントの武器としての有効性が否定されない限り、どんどん新たなハラスメントの種類が増えていくんだろう。

 

しかし、ハラスメントが蔓延すればするほど、ハラスメント側と被ハラスメント側との対立はやはり深まるのは避けられない。被ハラスメント側の権利保護は必要だけど、それが行き過ぎて被ハラスメント側の防衛意識が強くなればなるほど、そして、自分の本来保護されているべき権利が失われた損失局面に自分が置かれているんだと思えば思うほど、それを避けるために行動をエスカレートしてしまう。なぜなら相手が攻撃側で自分が防衛側であると認識すれば、悪いのは攻撃してくる相手で、自分は自衛しているにすぎないと自分の行動を正当化できるからだ。

 

さらに悪いのは、ハラスメント側も損失局面にあって自分は防衛側だと思っているときだ。ハラスメントしているとされるほうも客観的には単に必要な注意をしているだけかもしれないし、本当にハラスメントしていても本人の認識としてはハラスメントじゃないと思っていたり、さらに自分は過去同じようなハラスメントを受けてきたのに、権利意識が高まって自分より下の世代が保護されているのを見ると自分の苦しみは何だったのかと自分が損した気分がしたり、自分がハラスメントだと責められていると感じたり、それこそ利害関係が衝突することだってある。

 

そうするとハラスメント側も自分の利益や権利が脅かされていると感じるので、それらを防衛しようとして行動をエスカレートする。それぞれが自分のことを守ろうとすることが相手の防衛本能を刺激して、双方がかえって相手への攻撃をエスカレートする。国際政治でいうところの安全保障のジレンマに似た状況が生まれて、結局誰もハッピーになれなくなってしまう。

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それを避けてハラスメントの問題を解決するには、双方が損失局面と認識して相手に対して攻撃的な態度を取らないようにしなければならない。

 

そのためには、ハラスメントを訴える側も相手への攻撃ではないとか、相手の利益を奪うつもりはなくて、相手の不利益も解消するのだといった相手側への安心供与が必要なんだろう。それが政治学から得られるインプリケーションだと思う。

 

いかがでしょう?

 

参考文献

藤田直也「ポリティカル・コレクトネスの社会・文化的要因」『近畿大学英語研究会紀要』第2号、2008年。

土山實男『安全保障の国際政治学—焦りと傲り—(初版)』有斐閣、2004年。