猫山猫之介の観察日記

猫なりに政治や社会について考えているんです。

真っ当な非主流派から本格的な非主流派への流れ

 

マクロン氏の勝利、しかし次はルペン氏か? 

周知のとおり、フランスの大統領選挙ではマクロン氏が勝利した。極右のルペン候補が当選しなくてホッとしたといったところだろう。

 

これで(マクロン氏が途中で辞めない限り)大統領の任期である次の5年はひとまず持ちこたえられる見通しが立ったわけだが、しかし、次回の大統領選挙ではルペン氏が当選するんじゃないかと私は危惧している。

 

というのも、真っ当な非主流派から本格的な非主流派に転換したアメリカと同じ道を辿るような予感がしているからだ。

 

真っ当な非主流派オバマ大統領 

トランプ大統領と民主党候補者選びでヒラリー氏と争ったサンダース氏のインパクトが強いから、今回初めてアメリカで非主流派の大統領が選ばれた印象が強いが、なかなかどうしてオバマ氏も初の黒人大統領であり、国レベルでの政治経験が乏しかったという意味ではそれなりに非主流派の人物であったと思うのだ。

 

あのときも民主党候補者選びではヒラリー氏が圧倒的に優勢と見られていた。しかし、選挙に当選したのは若くて当時はヒラリーに比べて知名度も経験も劣るオバマ氏なわけで、当時は80年代後半から続くブッシュ家とクリントン家による主流派の「王朝支配」を米国民が嫌ったのだ、と分析されたのである。

 

つまり、オバマ氏も反主流派の流れで大統領になったといえるのだ。当時、トランプ氏が共和党候補なら選挙で勝てなかったではないだろうか。そもそもトランプ氏のような常識外れの候補者がいなかったこともあるが、多くの人はこれまでと違うことをやりたい場合、一気にラディカルに変えるというよりも、今までとは違うが、とはいえそれなりに穏当な選択肢を選ぶだろう。

 

そうして選ばれたのがオバマ氏だったのだと思う。実際、彼は「チェンジ」(Change we can believe in)を旗印にしていたわけで。

 

本当に彼の政治運営がダメだったのかはわからない。オバマケアだって、日本人の感覚からすれば真っ当な政策のようにも思えるし、確かに大統領令を積極に使うことで議会との協調を疎かにした面はあろう。しかし、議会との協調を上手くやるかなんて、有権者は考慮するのだろうか。

 

と、オバマ氏に対する評価はいろいろあり得ようが、今ではオバマ氏を非主流派だと思う人はおらず、彼の支持率も低迷した。結果、穏当な非主流派を選んでも満足できず、さらに民主党の候補者がゴリゴリの主流派なもんだから、となると、通常のクスリに満足できなかった人がトランプ氏という劇薬を求めたようなものではないだろうか。

 

真っ当な非主流派に失望したら。。。 

大概の場合、主流派が自由貿易を支持し、保護貿易を頑迷な政策と批判する。それは理論的には正しいのだろうが、人がその主張に説得されるかどうかは、発言の正しさではなく、発言者の魅力に依存することも多い。とすれば、嫌われ者の主流派が自由貿易を支持すればするほど、自由貿易への支持が低下するというもので、自由貿易を支持する穏健な非主流派に失望したとき、人々が保護貿易を支持する劇薬に手を出す可能性が高くなるだろう。

 

しかし、どんな天才であっても経済成長を達成しつつ、手厚い社会保障を提供し、失業率も改善させ、人の移動を支持しつつ、テロや治安を不安を解消するのは至難の技だ。ムリゲーと言ってもよい。

 

とすると、マクロン氏がみなの期待を満たすのはほぼ不可能なのであり、既存の政治に辟易し、だから穏健な非主流派を選んだのに、それでも上手くいかないのだとすれば、次はルペン氏の登場となるのだろう。決して楽しい未来ではないが。

TPP11の貿易転換効果で米国を多国間FTAに引き戻す

 

 

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TPP11への転換 

経済規模の観点からはTPPは事実上の日米FTAであった。そのためトランプ政権がTPPから離脱したことは日本にとって大いにガッカリさせられる展開であったわけである。日本は米国抜きでも残る加盟国でTPPを進めるか逡巡したが、その日本も米国を除く11カ国によるTPP、すなわちTPP11を進める方向に舵を切った(「『好機狙ったTPP11』」『日本経済新聞』2017年4月23日(朝刊))。

 

これが可能になった背景には、米国が日本の方針を黙認したことと、日本からしても日米二国間FTA交渉を進めることとTPP11の交渉を進めることがトレードオフの関係ではなく、両立しうる政策であるからに他ならない。

 

日本がTPP11に期待するのは、これが持つ貿易転換効果によって米国がTPPに戻ってくる可能性があること、そして戻ってこないにせよ、米国との二国間交渉を有利に進められると考えているからである。

 

貿易転換効果 

貿易転換効果とは、FTAによる関税・非関税障壁撤廃・削減により、当事国間の貿易が活発になる一方、本来効率性や価格面で有利な国からの貿易が減少することを指す。もともとそこに輸出していた第三国にとっては輸出の減少であり、市場の喪失となる。貿易転換効果はFTAによる非効率性増大を指す用語であるが、効率性云々は別に、FTAによって貿易の相手先が変わることとして使われることも多く、ここでもその意味で使用する。

  

FTAを締結した国同士では関税が撤廃されるため、相手国から輸入される商品の価格が安くなる。関税だけでなく、非関税障壁も撤廃されたなら両国間の貿易はさらに活発になると考えられる。TPP11であれば、オーストラリアやニュージーランドが農業大国であり、米国の競争相手となる。日本とオーストラリアはすでに二国間FTAを締結しているが、TPPのほうがより有利な条件であるため、オーストラリアとしてもTPP11はメリットがあるだろう。

 

貿易転換効果 → 米国の競争力低下 → 議会への圧力 → 議会から政権への圧力  

TPP11によって、日本との貿易でオーストラリアとニュージーランドが有利になって、米国からの輸出が減れば、米国内の農業団体が、地元の議員にTPPに参加せよ、とか日本とのFTA締結を急げと圧力をかけ、ひいては議会からトランプ政権への圧力となることが想定される。

 

仮にTPP11に米国が参加しないにしても、日本との交渉妥結を急ごうとすれば、自国の要求を貫徹させようとばかりすればいつまでも交渉妥結に至らないため、米国側が譲歩する可能性が出てくる。

 

アメリカファーストを掲げ、貿易赤字の削減を至上命題とするトランプ政権とすれば、日本の関税・非関税障壁を温存するようなものや、反対に米国の関税や非関税障壁を削減・撤廃するような協定には納得しにくいだろうし、議会の圧力に易々と屈するタマでもない。とはいえ、先の大統領選挙でトランプ大統領の票田となった米国中西部は農業州でもあり、実際、トランプ氏に投票した農家は少なくなかった。

そのため、自身の支持者からの圧力ともなればトランプ大統領としても無下にはできないかもしれない。折しも農産物価格は下落傾向にあり、米国農家の所得は低下しつつある。米国農家が輸出に活路を見出したいと考えれば、トランプ大統領に海外市場への進出拡大支援を求めることもあろう。

 

米国の農業法でも海外進出や輸出拡大を支援するプログラムは盛り込まれているが、一部を除き米国農業界が参加を望んでいたTPPと同程度のプラスの効果をもたらす施策のオプションはさほどない。

トランプ大統領はメンツを重んじるタイプだから、仮にTPP11が誕生しても米国が「参加させていただく」といった 体裁になると彼はTPP参加に首を縦にふることはないだろう。もともと各国あれほどまでに苦労して妥結に至ったTPPを米国の国内事情でご破算にされたわけで、米国の参加を乞うというやり方は振り回されたほうとしてはかなり釈然としない思いはあるが、実際に米国の参加は経済的にも安全保障的にも日本やアジア太平洋諸国には利益になるわけで、実利優先で米国を取り込めるかたちでTPP11をつくることが得策というものであろう。

 

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政治体制とFTAの帰結

 

 

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政治体制と意思決定のあり方 

国によって採用されている政治体制は異なる。この相違は通商政策を含む政治的意思決定の結果にどのような影響を与えるのか?

 

政治体制のバリエーションとしては、議院内閣制や大統領制といった立法府と行政府との関係を決める制度、小選挙区制や比例代表制といった議員の選出方法に関する制度など、さまざまなレベルでのバリエーションがある。

 

また、形式的な制度の違いとは別に、実際にそれがどのように運用されているかという問題もある。そして、この公式的、非公式的な制度の違いが政治的意思決定の結果に大きな影響を与えると考えられるのである。

今回は内山をもとに政治制度がFTAに関する政策に与える影響を考えてみたい。

 

www.murc.jp

 

内山は2010年までの日本の政治制度とその政策決定パターンとの関係性を、同じ議院内閣制を採用するイギリスと比較分析する。内山によると、55年体制以降、小泉政権以前の日本では、官僚や族議員主導のボトムアップ型政策決定パターンが定着していたとする。他方、イギリスでは、首相と内閣主導のトップダウン型の政策決定パターンが中心であり、日本の首相のリーダーシップは弱く、イギリスの首相のリーダーシップは強かった。

 

両国の首相のリーダーシップの差は内閣制度と政党の組織構造に起因し、立法府と行政府の一致度(凝集性)の差が重要で、凝集性が高いほうが首相はリーダーシップが発揮しやすく、低いとリーダーシップが発揮できない。

 

小泉純一郎は政策決定のトップダウン型への移行をすすめ、さまざまな構造改革を実施した。もっとも、後述するとおり、実際にリーダーシップを発揮できるかは、政治制度だけで決まるのではなくリーダーの資質や政治資源にも左右される。

 

55年体制下の政策決定パターン 

 55年体制下の日本の政策決定パターンを見ていく。関連するアクターとしては、首相、内閣、自民党(特に幹事長、総務会長、政務調査会長)、自民党内の派閥、族議員、官僚、利益団体が存在し、伝統的に自民党は派閥の連合体といえるものであった。

 

閣僚人事は派閥の力学によって決定され、首相が専門性等に基づいて自分の任命したい人材を自由に任命できなかった。内閣と官僚との関係性を見ても、官僚の影響力が大きく、各省の大臣は各省庁の利益の代表者であり、首相のリーダーシップを支え、内閣として利害調整を有効に解決できるようには機能して来たとはいえなかった。

 55年体制では、ほとんどの政策決定は官僚が発案し、関連する族議員の同意を獲得し、内閣はその同意をくつがえすことは難しいといった状態で、首相や内閣のリーダーシップはとても弱かった。換言すれば、55年体制下の内閣の閣議決定とは、各省庁と関連する族議員とで了解された内容を全会一致で承認するだけのセレモニーに過ぎなかった。

 

それでも、首相や内閣とそれ以外の族議員や官僚、利益団体との政策選好が似通っていれば、すなわち凝集性が高ければ、首相や内閣は他のアクターからの反対がないから、それだけリーダーシップを発揮できる余地が生じる。他方、首相や内閣の権力が弱く、他のアクターとの選好の大きな乖離があれば、他のアクターからの強い反対により、首相はリーダーシップを発揮するのは難しくなる。

 

トップダウン型リーダーシップと政治的資源、そしてそれがFTA政策に与える影響

2001年4月に首相に就任した小泉純一郎首相は、首相官邸主導のトップダウン型の政策決定を導入しようとした。彼は首相と官房長官などが明確な指示を出し、官僚がそれを実施するという方式を重視し、また、政策決定を自民党とは別に経済財政諮問会議等の場で進めて、それに基づき一元的に内閣で政策決定することを目指した。これにより、小泉政権下でトップダウン型の政策決定が一定程度導入されたといえる。

 

このように、55年体制で各セクターの利害を吸い上げ、上で利害を調整するようなボトムアップだった日本の政策決定は、小泉政権下でトップダウン型へと変容したといえる。さて、そもそもFTAを考える上でなぜ政治体制が大事なのか?それはFTA交渉においては、国内の多様な利益の調整が必要となり、政治体制がその調整のあり方に影響を及ぼすと考えられるからである。

 

ボトムアップの政治体制では、仮にリーダーが国益のためにはFTAが必要と思っても、FTAは不利益となるセクターも存在するため、そのセクターの利益を代表する団体や族議員、官僚の反対に直面すれば、彼らの同意を獲得するために、FTAを諦めるか、それともかなり譲歩したものにならざるを得ない。

 

しかし、トップダウン型の意思決定であれば、リーダーが自身の望む政策の実現が容易となるか、仮に譲歩が必要だとしても、譲歩の程度が少なくて済むかもしれない。そのため、リーダーが自由貿易を志向するタイプであれば、それだけFTA締結の可能性が高まることになる。さらにその中身もより自由化率が高いものとなろう。

 

もっとも、意思決定の仕組みだけが政策の帰結を決定するわけではなく、リーダーの持つ政治的資源の量も大きな影響を持つ。政治的資源の代表的なものが世論の支持、すなわちリーダーの人気である。世論におけるリーダーの人気が高ければ、各議員はリーダーに従ったほうが選挙での再選確率が高まるので、リーダーの政策を支持しよう。

反対にリーダーの人気が低ければ、リーダーについていくとかえって自身の再選確率を下げてしまう。民主党野田政権の末期を想像してもらえばわかるとおり、野田首相はTPPの交渉参加を志向していたが、彼は世論の人気がなかったから、党内のTPP反対派は彼に賛成するインセンティブをもたなかった。

 

政治的意思決定システムの変更により、リーダーは自身の意向を政策決定に反映させやすくなった。あとは、彼、ないし彼女がどの程度の政治的資源を有するか、そしてそれを上手く活用できるかが、FTA交渉の結果に大きな影響を与えると考えられよう。

 

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JA全農改革〜改革へ至る選好順位〜

 

 

 JA全農の自主改革

全国農業協同組合連合会JA全農)の自主改革案が公表されました。

 

具体的には、

 

主要肥料銘柄を400から10に集約

中古農機の全国展開

安価な後発農薬を発売

コメの直販を9割にする

 

などが挙げられています。

 

農協は農家の交渉力強化や所得向上のための組織として設立され、実際にそれに貢献してきたといってよいでしょう。

しかし、近年は既得権益化し、自由な農産物取引を妨げ、ときとして農家と消費者の不利益となるケースも出てきています。

 

最近であれば、JA土佐あきが農家に対して生産したナスを全て同農協を通して販売するよう圧力をかけたとして、公取委から再発防止を求める排除措置命令が出されました。組合員であっても出荷先は自由に選べるにもかかわらず、農家の味方であるべきJAが圧力をかけて農家の自由な取引を妨げていました。

 

このように近年ではJAは機能不全を起こしていると思しき行動をとっていたわけで、日本の農業の再興のため、JA改革が求められており、政府も小泉進次郎氏がプロジェクトチームのリーダーとなり、改革案の作成を主導しました。

 

そうした背景の踏まえての今回の自主改革案の発表となるわけです。

 

自ら改革するインセンティブ 

さて、JAは自ら改革をすすめるインセンティブはなかったと思いますが、それでも改革案を作成したのはなぜでしょうか。

まず、JAの選好順位を下記のとおりまとめてみます。

 

現状維持>自主改革>政府主導の改革

 

外部からの改革の強制が必ずしも厳しいものになるとは限りませんが、それでも自身の裁量によるものではないので、かなりの大ナタが振るわれる可能性は否定できません。

 それでも、改革への圧力が存在し、現状維持が困難な状況であり、何かしらの改革は不可避という情勢であったとします。

 

その場合は、自主改革案を作成し、課題に取り組んでいるという姿勢を示すことが次善の策となるでしょう。

 

あまりに内容のない改革案であればかえって叩かれるかもしれませんが、たとえ厳しめの改革案にするにせよ、自身でコントロールできるぶん、過大な改革案を吹っかけられるリスクは回避できます。

 

今日でこそ定着した感のあるCSRですが、当初は似たような動機で進められた側面があると思います。

 

ナイキのスニーカーは途上国で生産されていましたが、そこでは児童労働や劣悪な環境での作業が行われていたことが、NGOの告発によって明らかとなりました。

 

ナイキのスニーカーの不買運動が起こり、ナイキは問題への対処を迫られました。企業活動による負の外部効果は、労働環境だけに限らず、環境問題などもあり、企業とはいえ自由な経済活動だけをしていればいいという考え方が受け入れられないとすれば、それらを取り締まるために公的な規制を導入するという手もあります。

 

http://toyokeizai.net/articles/-/35708

 

ただ、企業としてはそれは困る。特に世論が企業への懲罰を求めているような状況では、過剰に厳格な規制が導入されてしまうかもしれません。

 

とはいえ、何もしないということが許されず何らかの対策は必要ということで、自主的な取り組みが選択されるというわけです。

 

JAがあえて自主改革案を導入した動機としてはそのようなことが考えられるわけで、小泉進次郎氏のもと改革の機運が作られ、現状維持は困難ということをJAが認識したという証拠といえます。

 

今後の行方

今後は改革が実際に実施されるのかに焦点が移ることになります。

 

政府なり世論が改革への圧力をかけ続ければ、JAは改革を実施するコストと、改革しないことによる懲罰、すなわち厳格な改革案導入とのあいだでコスト計算しなければならず、そうであれば改革に向けて取り組むと考えられます。

 

JAの組織改革が進み、JAの政治的動員力が落ちれば、今後のFTA交渉におけるJAからの反対が弱まるかもしれません。

 

もっともTPPご破算後の日米FTA交渉についていえば、農業団体からの反対がなくても、これだけ振り回されながらあっさり米国の要求を呑むのうであれば、政権のメンツにもかかわるので、なかなか難しいとは思いますが。

 

それにTPP交渉が妥結したときの安倍政権の政治的資源は潤沢にありましたが、今は森友学園問題で疲弊していますから、仮に協定の中身がTPPと同レベルでも2年前ほど容易には国内を説得するのは難しいことでしょう。

これまでのやり取りが通じない相手が出てきたら〜なぜにトランプ大統領に振り回されるのか?〜

 

意図をどう正確に誤認させずに伝えるか、それがとても難しい

意図をどう伝え、相手がそれを誤認することなく受け取ってくれるかはなかなか難しい問題だ。

 

国際政治学で有名な安全保障のジレンマや抑止の問題は意図の伝達ととてもよく関わっている。

 

安全保障のジレンマとは、自国の安全保障を高めるための行動が相手国の警戒感を高め、相手国が軍事力を拡大させ、結果として自国の安全保障を高めるという当初の目的が達成されないことを指す。

 

これは自国の意図を相手国を信じることができないことによって生じる悲劇である。

 

たとえばA国が本心から自国の安全保障を向上させるためにミサイルを配備したとする。これは自衛力の向上のためであって、相手国であるB国を攻撃する意図は全くないとする。

 

B国がこれを信じるかどうか。B国も信じようとはするかもしれない。しかし、自衛のためとはいえミサイルは容易に攻撃用兵器に転用できる。もしA国が合理的であれば本心を隠してハト派と振る舞い、B国が油断したところを攻撃しようとするだろうと想像するかもしれない。

 

それでも国内のように中央政府が存在すれば仮に約束が破られても警察や裁判によって約束を破った人は裁かれ、自分の被害も回復してもらえる。それがわかっていれば、相手もわざわざ進んで約束を破ろうとはしない。それゆえ国内では約束が守られる確率が高まるわけだが、世界には中央政府たる世界政府は存在しない。

 

とすれば、B国は約束が破られた場合は自分で自分の身を守らなければならず、それゆえ国家は最悪の事態も想定するといえる。そうなれば、仮にA国が本心から自衛のためにミサイルを配備したのだとしても、もう一方のB国としては簡単にそれを信じることはできないだろう。

 

こうして、B国は自衛のために軍事力を高めて、結局双方とも安全保障を高めることはできない。A国からすれば自国の自衛の意図を伝達することに失敗したといえるわけで、自国の防衛の意図を伝えることがいかに難しいかがわかるだろう。

 

これは程度の差こそあれ、多くの外交交渉に当てはまると考えられる。自国の意図をいかに伝えるか。本心を信じてもらいたい場合もあれば、本心を隠して相手国を騙したいときもあるだろう。騙すことも容易ではない。相手国も警戒しているからだ。自国は実はタカ派だが、相手国にはハト派と信じさせたい。しかし、それをバレずにどうやるかは外交交渉の腕次第である。

 

意図の伝達の難しさについては、シェリングの本がとても面白い。

 

 

トランプの発言に信憑性を感じるのはなぜ?

さて、トランプ大統領は自分の意図を見事に伝えていると思われる。

 

先日のG20は最後の共同声明で「あらゆる形態の保護主義に対抗する」という文言を盛り込むことができず、「経済に対する貿易の貢献の強化に取り組んでいる」という表現にとどまった。

 

www.bloomberg.co.jp

 

みな、米国の出方を気にしているのだ。依然として米国は世界一の超大国だから、米国が反対することを要求するのは確かに容易ではない。

 

そうしたパワーという根本的な要因も重要なのだが、ここではなぜにトランプ大統領にみながそこまで振り回されるのかを、意図の伝達の観点から考えたい。

 

一言で言えば、「トランプならやりかねない」とみなが思うからこそ、彼の発言に(発言が正しいという意味ではなく、発言したことを本気でやると他者が認識するという意味で)信憑性を感じるのである。

 

彼は大統領選挙中から、移民排斥やTPP離脱といった米国全体の利益で考えれば、そして米国が掲げてきた理念からすれば、絶対にやるはずのないことを公約に掲げ、大統領就任後、すぐさまそれらの公約の実現に向けて動き出した。移民問題こそ司法の抵抗に遭って実現していないが、彼はそれらの政策を選挙での勝利のための方便としてではなく、実際にやるということを示した。

 

 正直、アメリカファーストを掲げながら、米国にとって利益とならないような政策を次々に実現させようとするトランプ大統領のやり方はむちゃくちゃとしか言いようがないが、むちゃくちゃだからこそ他国は彼の言動に信憑性を感じてしまうのだ。

 

どの国でも国の指導者は何らかの政治的な経験を積んでから就任することが多い。それゆえ、その過程で政治的なルールだとか方便というのを覚えてくる。

 

国同士が対立する要素を孕んでいたとしても、ウィーン体制や冷戦がそうであったように一定の慣行が成立すれば、あれはホンキ、これを脅し、といったことが判別しやすくなる(もっともだからこそいつもと同じだろうと思っていたら、実は違ったという誤認も起こるわけだが)。

 

しかし、トランプ大統領は違う。従来の米国の大統領だったら絶対に言ったりやったりしないであろうことを公約に掲げ、そして公約を実現しようと大統領令に署名して、行動に移してきた。

 

こういう従来の公式が通じないやり方相手にどう対処するか他国が学習するには時間がかかるだろう。それまではどの国もトランプ大統領の発言は仮に内容が突破なものであっても彼はホンキかもしれないと疑心暗鬼にならざるを得ない。それゆえ、彼の言動がこれまでに影響力を持つのである。

 

もっともそれが米国自身を幸せにするかはわからない。米国を相手にしても埒があかないのであれば、米国抜きで、たとえばFTAなんかを結ぼうとするかもしれない。中国はこの事態を機会主義的に利用しようとする最たる国だろう。

 

せっかくTPPによって高度な自由貿易ルールを構築するチャンスをトランプ大統領はフイにした。他にも態度をコロコロ変えるようなことがあれば、米国は誠実な交渉相手とはみなされなくなってしまうだろう。彼がむちゃくちゃだからこそ彼の言動が信憑性を高めることになり、短期的には外交交渉を有利に進められるとは思うが、長期的にはトランプ大統領は米国の利益にはならないと思うのである。

メディアの議題設定効果とFTA締結への影響

 

TPPが頓挫して

トランプ大統領が撤退の大統領令に署名したことで、環太平洋パートナーシップ(TPP)が事実上のご破算となってはや2ヶ月。TPPへの賛否はあれど、あれほどまでに苦労して妥結した協定がこのようなかたちで葬り去られようとは交渉妥結当時、いったい誰が想像したであろうか。

 

大統領選挙の最中からトランプ氏はもとより、民主党候補のヒラリー氏もTPPには否定的な立場であったから、批准プロセスの難航は予想されていたが、実際に撤退の大統領令が署名された衝撃は大きい。

 

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トランプ氏の外交政策、すなわち中国に対する強硬的な姿勢からすれば、TPP批准はむしろ利益になるべきものであった。TPPには単に貿易自由化という側面のみならず、中国に対抗するための自由民主主義国や資本主義国の事実上の同盟という側面もあったからだ(両方に合致しない国も加盟はしているが)。それにもかかわらず彼がTPPからの撤退を決めたということは、彼は対外政策にはさほど関心がなく、国内の雇用や移民対策のほうにより関心があるということなのかもしれない。

 

トランプ大統領は多国間のFTAではなく、二国間での交渉を望んでいるようだ。二国間のほうがより米国のパワーを使って自国に有利な交渉にできるということなのかもしれないが、北太平洋自由貿易協定(NAFTA)や米英FTA、そして日米FTAなどの重要なFTA交渉が待つなかで、これだけの重要なFTAを同時に進めていけるだけの十分な専門知識を持つ職員が十分に USTRにいるかといえば、そうではないだろう。そのため、仮に大統領が二国間交渉を急ぎたくても現実的にそれを可能にする十分な人的資源はないと考えられる。

 

マスメディアが政策争点に与える影響

さて、今回読んでみたのは谷口将紀氏による『政治とマスメディア』だ。 

 

 

これは通商に関する本ではないが、今回の大統領選の特徴は、通常通商問題が選挙の争点にならない米国において、TPPが争点の一つになった点であり、そもそもある政策が選挙の争点になるかどうかはどのような力学に基づいて決まるのかを考えてみたいからだ。

 

当たり前だが選挙の争点になるにはその問題が注目されなければならない。通商問題ならなんでも注目される争点になるかといえばそうでもない。

 

日本でもTPPは大きな話題となり、賛否両論が吹き荒れた。しかし、日本が締結したFTAはこれが最初ではない。初めてのFTAシンガポールと2002年に締結したものであり、その後メキシコや東南アジア各国、オーストラリア、モンゴルなどと締結してきた。オーストラリアとのFTAはTPP交渉中に妥結し、TPP交渉で米国を牽制する意味合いも期待されていたし、農業国とのFTAという点でも他のFTAに比べると注目されたような気がしないでもないが、基本的に過去のFTAは注目されてこなかったし、まして選挙の争点にならなかった。

 

今回、TPPが注目されたのは、多国間のFTAであり、何より米国という日本にとって安全保障上も経済上も最も重要な国を含むFTAだったからであり、とはいえ米国は日本に最も外圧をかけてくる国と認識されているからであり、そして日本は米国の外圧にこれまで散々屈してきたという思いがあるからと考えられる。

 

当然、メディアでの取り上げ方も過去のFTAの比ではない。メディアで取り上げられれば、それだけ多く人が問題の存在を知るようになる。問題の存在を知り、かつそれが重要な問題なんだと報じられれば報じられるほど、われわれはその問題を重視し、ときにはそれを投票の際の判断基準にするだろう。

 

メディアの持つ影響力としてよく挙げられるのが、議題設定効果とプライミング効果である。

 

議題設定効果とは、

 

議題設定とは、公共に関わる様々な出来事や争点の中で、人びとが何を重要と考えるかという点について、影響力を及ぼすことである。例えば、マスメディアが特定の政策争点について、賛成または反対の立場を取らなかったとしても、それを繰り返し取り上げるうちに、人びとの当該争点に対するする関心が高まることがある(谷口、46頁)

 

一方、プライミング効果とは、

 

議題設定によって、人びとに重要と認識されるようになった問題は、それ以降の政治ー政府、大統領、内閣、首相、政策、候補者などーに対する判断材料となりうる。例えば、テレビが核廃絶問題を集中的に報道して、人びとの核問題に対する関心が高まったとしたら、核戦争が起きるリスクを減らせたかどうかによって、人びとは大統領の業績の良し悪しを判断するようになる。同様に、経済問題に関する報道が多かったら、人びとは経済的繁栄を維持できたかどうかによって、大統領の業績を測るようになる。このように、マスメディアがある事柄に注目させる(あるいは注目をそらす)ことによって、人びとの政治判断の基準を変える効果は、プライミングと呼ばれている(谷口、49頁)

 

ちゃんと新聞の記事数を確認したわけではないが、TPPに関する記事数が他のFTAよりも直感的に多そうだし、おそらくこの直感は外れていないだろう。

 

メディアと大統領選挙の結果

最近は新聞を読む人と減ったというし、米国の大統領選では主要メディアの信頼度が低下して、むしろTwitterといったSNSが影響力を持ったとされる。こうしたトレンドについてはさらに調べてみないとなんとも言えないが、どういう媒体であれ、何らかのメディアを通じて問題がクローズアップして争点化されない限り、注目されず選挙の争点にもなり得ないという基本的なメカニズムには変化がないといえる。

 

ただ、これまではメディアが間に入ることで、良くも悪くも情報の選別がなされていたわけで、SNSであれば、発信者から受信者にダイレクトに情報伝達が可能となる。メディアの議題設定効果とプライミング効果は依然として残るが、誰がそれをやるか、すなわち新聞やテレビといったマスメディアがやるのか、それとも発信者自らがそれをやるのかが大きな変化といえる。

 

またメディアに議題設定効果やプライミング効果があるとはいえ、それはあくまで問題への関心を高める効果であり、それが当該問題への賛否をどう決定するかは別に検討する必要がある。

 

今回の大統領選では特に共和党員の間で自由貿易への支持が減退し、保護主義支持が拡大した(2009年は57%の共和党支持者がFTAが米国にとって良いことと答えたが、2016年10月には24%にまで減少し、反対に悪いことと答えた人は68%になった*1。伝統的に共和党自由貿易支持とされてきたから、この動きは特筆に値するが、情報に接した結果、受信者の当該問題に対する態度がどう影響を受けるかは興味深い論点である。

 

TPPをめぐって経済学者は、自由貿易は国全体の経済厚生を引き上げると主張していたわけだから、TPPを知ることによって自由貿易への支持が高まってもおかしくはないはずだ。たとえば、ブランダイス大学のPetriとジョンズホプキンス大学のPlummerは、TPPによって米国の年間実質所得は約1300億ドル、輸出は約3600億ドル増加すると予測していた*2

 

にもかかわらず、今回の大統領選では自由貿易への支持は減少した。どのようなメカニズムによって、受信者の態度形成がされるかは今後考えていきたい。

 

冒頭の繰り返しになるが、二国間交渉は難航が予想される。米国側でも多方面で二国間交渉をするだけの人材確保は大変であり(さらに言えばNAFTAの再交渉もある)、アメリカファーストを掲げるトランプ大統領が輸入拡大につながりかねない譲歩をするとは考えられない。少なくとも今後4年間は米国が関わる自由貿易交渉は進まないだろう。もし可能性があるとすれば、米国抜きでのFTA網が構築され、競争力低下を恐れる米国産業界が政府や議会に圧力をかけ、それがトランプ大統領の翻意を促すというシナリオであろう。

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*1:Pew Research Center, "Opinions on U.S. international involvement, free trade, ISIS and Syria, Russia and China," 27 October, 2016, http://www.people-press.org/2016/10/27/7-opinions-on-u-s-international-involvement-free-trade-isis-and-syria-russia-and-china/#increasing-gop-skepticism-toward-free-trade-agreements

*2:Peter A. Petri and Michael G. Plummer,"The Economic Effects of the Trans-Pacific Partnership: New Estimates," Working Paper 16-2, 2016, https://piie.com/publications/working-papers/economic-effects-trans-pacific-partnership-new-estimates.

鳥越氏にはリベラル勢力の恥の上塗りをしてほしくなかった

「だから来るところまで来たなというのが僕の実感。その中でリベラル勢力は何してんのか?と。何もしてないわけだよ」

 

というのは、都知事選を振り返った鳥越俊太郎氏のハフポスト紙における、日本のリベラル勢力に対する評価である。

 

「『戦後社会は落ちるところまで落ちた』鳥越俊太郎氏、惨敗の都知事選を振り返る【独占インタビュー】」『The Huffington Post』2016年8月12日 

 

彼に対する読者コメント欄の否定的な意見の多さは、昨今の日本のリベラル勢力の人気のなさを象徴しているけど、リベラル勢力は何もしていなくて、何かをせにゃならん、という彼の心意気はありなんじゃないかと思ったりもする。

 

しかし、だからこそ言いたい。なぜ日本のリベラル勢力の恥の上塗りをする選挙戦をしたのか、と。

 

ハフポスト紙の彼のコメントもかなり情けないものだが、すでに多くの人が批判しているように、待機児童ゼロ、待機高齢者ゼロと原発ゼロ、三つのゼロ、非核都市宣言といった、都の管轄外の政策や都民の優先順位の低い政策を掲げていたのもとてもよろしくない。

 

統計上は国家間の戦争がなくなり、武力紛争において内戦とそこからの復興(平和構築)が国際的な重要課題になったり、中国の東・東南アジアへの進出、北朝鮮のミサイルおよび核実験だったり、そういった国際情勢の変化があったにもかかわらず、相変わらず自衛隊の海外派遣反対!憲法9条反対!ばかりを繰り返す、外部環境にまったく関心を払わない(もしくは適応できない)日本のリベラル勢力の政治オンチさを鳥越氏も示してしまった。

 

参議院選挙で改憲勢力議席の3分の2をとった結果に対して、「日本の戦後社会はここまで来たか。落ちるところまで落ちたな。これはもう、いよいよダメだなと思いました」と鳥越氏は言う。

 

あたかも悪いはリベラル勢力ではなく、それを理解しない国民だ、と言わんばかりである。確かに戦後社会も落ちるところまで来ているのかもしれないが、それはそれとして、同時に彼に考えて欲しいのは、なぜリベラル勢力がこれほどまでに信頼を失っているのか、ということだ。

 

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マーク・マゾワーの『暗黒の大陸』は、ヨーロッパにおける民主主義の正統性の変遷を扱った著書である。

 

マゾワーによれば、第1次世界大戦と第2次世界大戦の間の戦間期、民族や階級間の対立が激化し、人々はナチズムやファシズム全体主義を含む権威主義的な政治体制を信頼するようになったとする。

 

当時のヨーロッパ諸国の政党は分裂し、2000年代の日本も驚くほど短期的な政権交代が発生していた。マズロー曰く、1918年以降、ヨーロッパで内閣存続期間の平均が1年を超える国はほとんどなく、こういった弱体化した政府では、憲法や政党綱領で約束した社会経済改革を推し進めるのはほとんど不可能であった。

 

こういった政治社会情勢では民主主義の象徴ともいうべき議会に期待することは難しく、人々は執行権の強化を求めるようになる。

執行権強化は、民主主義や憲法を破壊するのものではなく、政治の有効性を確保することで、民主主義の正統性を維持しようという試みである。しかし、議会の麻痺を補おうと執行権を強化していくと、どの時点で民主主義が終わり、独裁制に移行するのか、その境界線は曖昧になってしまう。

 

当時のドイツ(ワイマール共和政)の憲法では、議会が麻痺したとき、大統領が緊急時に立法権限を行使できるという緊急令が認められていたが、緊急令が頻用されると、いくら憲法で認められた権限といっても、独裁制ではない、と否定するのは相当に困難となる。

 

こうした議会の麻痺とそれに対する人々の不信、一方で膨らむ執行権への期待が、徐々にナチズムを許容する土壌となっていくのである。

 

ナチズムは極端な例だとしても、そもそもこうした極端な政治を受け入れる用意ができていたのは、当時の民主主義への不信感であった。第一次世界大戦が終わり、政治経済体制を早急に回復させなければならないにもかかわらず、議会が混乱し、一向政治が前に進まなければ、議会とそれを理論的に支える民主主義を信頼せよ、と期待するほうが無理難題というものだ。

 

もし、日本のリベラル勢力から見て、今の日本(安倍政権の一強体制)が異常だというのであれば、なぜ異常が受け入れられているのかをしっかり考えなければならない。確かに当時のドイツ国民はよもや執行権の権限強化がナチズムに利するとは想像していなかっただろうから、極端な政治を受け入れるのは国民が愚かだからという評価も的外れではないだろう。しかし、国民は愚かだ、と批判しているばかりではリベラル勢力が懸念する事態を回避することはできない(当時のヨーロッパも国際法学者のケルゼンやフランスの自由主義者のバッシュらは民主主義を擁護したが、そういったエスタブリッシュメントの意見が世論に浸透することはなかった)。

 

鳥越氏ら、戦中や敗戦直後に生まれたり、育った世代は直感的に戦後政治とそれを象徴する平和主義や民主主義を素直に受け入れることができるだろう。なぜなら、戦中の軍国主義は国内外に多くの不利益をもたらし、国民は政治によって多大な犠牲を支払わされたからだ。軍国主義に正統性も有効性もないのは明白であった。それゆえ、軍国主義を否定する平和主義や民主主義の正統性を皆直感的に理解することができたのだ。

 

しかし、今の30代以下、第一次就職氷河期以降の世代は、そこまでナイーブに戦後政治を受け入れることはできない。戦争経験がないから、戦後政治のアンチテーゼである軍国主義の非正統性を実感を伴って理解するのは難しいし、2000年代後半は短期間での内閣の交代とねじれ国家による政治の停滞を目にしてきた。

 

そうした若年層が戦後世代と同じレベル感で戦後政治を信頼するのはほとんど不可能である。学校でちゃんと大人(戦後世代)が言うように勉強しても、ろくに就職もできなかったり、給料は増えなかったり、それによって私生活の充実が阻まれているようでは、民主主義の素晴らしさを理屈では理解しても、現在置かれている苦境を脱する上でなんら解決策を提示してくれない民主主義を感情レベルで共感して支持するのは無理である。

 

若者は低迷する日本の原因を戦後政治に見出しているのである。

 

この因果関係の理解が正しいかどうかはわからない。しかし、この因果関係が誤りだというのなら、リベラル勢力はなぜ誤りなのかをしっかりと説明しなければならない。鳥越氏のように、単に相手の理解不足を批判しているだけでは、戦後政治という現状を変革したいと考える層の不満を解消することはできない。

 

政治では現状維持勢力と現状変革勢力がいる。現状維持が続くのは、現状変革勢力の利益が一定程度反映されて、現状変革勢力が現状の継続を受け入れる場合である(もしくは、現状維持勢力が圧倒的なパワーを持っていて、相手が不満でも屈服させられる場合)。

 

現状(鳥越氏らリベラル勢力にとっては戦後政治)への反発が増えるのは、単に国民の無知ゆえではなく、それなりの政治社会的背景があることをリベラル勢力は理解するべきである。

 

参考文献

マーク・マゾワー(中田瑞穂・細谷龍介訳)『暗黒の大陸-ヨーロッパの20世紀-』未來社、2015年(原著は1998年刊行)

 

暗黒の大陸:ヨーロッパの20世紀

暗黒の大陸:ヨーロッパの20世紀